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2025年3月26日水曜日

内閣不信任決議で、昔納得がいかなかったなーという(勘違いの)思い出

 どうも。

 石破内閣が誕生してからなんだかんだで暫く経ちますが、どうやら支持率が落ちているそうで。

 内閣不信任決議の可能性がどーのこーのというニュースを目にしていたら、「そういえば昔勉強した時には納得いかなかったけど、よく考えればそりゃそうだよな」ということを思い出しました。

 こうなると誰かに教えたくなるものなのですが、恐らくこの先の人生で内閣不信任決議について話題にすることなどそうそう無いと予想されるのでここに書きます。ブログやってて良かった。


 で、何が納得がいかなかったかについて話す前に、内閣についてざっとおさらいしておきます。

 そもそも日本では議院内閣制を取っています。つまり、内閣(行政)が議会(立法)の信任によって存立する政治形態です。
が、これだけだと流石に意味不明ですね。

 以前フランス革命についてお話したこともありましたが、例えば序盤に登場した財務大臣ネッケルはフランス国王から任命されていましたね。
もちろん、議会とは直接関係がありません。(もっともあの時期には議会に当たるものはありませんでしたが)

 ところが議院内閣制では、その役割が国王ではなく議会になります。
民意を背景とした議会が、従来の国王の代わりに自らの責任で、内閣へ行政の任務を与える、と考えればざっくり間違いないと思います。
あと、総理のほか大臣はおおよそ議員であることも特徴です。議院内閣制が議会を基礎とした制度であることが分かると思います。
ちなみに上で挙げたネッケルは銀行家つまりは民間人です。


 そして、そうやって作られた内閣が、もし議院の意にそぐわないものであった場合。
日本で言えば、衆議院議員の過半数が内閣を信任しない=不信任案に賛同/信任案に反対した場合、その内閣は存在できなくなります。

 具体的には総辞職ですが、内閣はそれに対抗して衆議院の解散を行うこともできます。


 で、ここから当時の頃からアホだった僕に理解できなかったポイントです。
衆議院を解散した後はもちろん衆議院選挙ですね。
さらに選挙が終わり、いよいよ新生・衆議院が結成されました。するとどれだけ内閣派が当選していようが、信任確実であろうが、内閣は総辞職しなければなりません。

 ここで、
僕「せっかく対抗したのに結局総辞職しなきゃなんないんじゃん!同じじゃん!」
と思った訳です。


 当然ながら同じじゃありません。

 もしも最新の民意を反映した新衆議院が「この内閣、い~ね~!」というメンツばかりになっていれば、総辞職したところでもう一度総理大臣に指名されるだけなので支障は無いですよね。


 そもそも議院内閣制は議院の信任によって(略)な訳ですが、今の内閣に信任を与えた衆議院は解散し、既に存在しません。

 だから、たとえ同じ内閣が結成されるとしても、今の衆議院によって選ばれる=今の議院が責任を負う、というプロセスが必要になるのです。
といった理論的な意味でも、総辞職は必然でしょう。


 したり顔で解説しようとしたら、自分の理解力の低さを露呈したようでなんだか恥ずかしくなってきました。

 あ、あと今回はほぼ記憶だけで書いてしまいましたので、多分そんなことは無いと思いますが万が一間違いがありましたら大目に見てください。


 それでは。

2016年1月6日水曜日

「どこでもドア」の都市伝説を否定したかった

 明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。

 さて、皆さんは「どこでもドア」の都市伝説をご存知でしょうか。あのドラえもんのひみつ道具の中の一つで、ドアを通せばどこへでも行けるという夢のような道具です。ご存じでない方の為に大まかに説明すると、
「どこでもドアをくぐった瞬間本人は分解され、行き先で再構築されている」「くぐった瞬間消滅し、ワープ先で本人の記憶を持ったコピーが新しく作られている」
というものです。
どこでもドアは作中で何度も使われているだけに、とても怖い話です。
ですので、今回はそれを否定したいと思います。
先に言っておきますが、科学的知識は0に等しいので憶測です。

否定の根拠①:空間を直接繋げている以上、そんな機能は必要ない

 作中ではうっかりのび太が宇宙に直接行こうとする事がありました(『地球脱出計画』)。
その時空気がものすごい勢いで吸い込まれた事から分かるように、
「離れた場所にドアが出現し、そのドアとの信号のやり取りで物体を転送している訳ではない」と推測できます
宇宙に空気が吸い込まれるのは空気の密度が違うから。もし仮にA(地球)からB(宇宙)へ信号で転送していて二つの空間が直接繋がっていないとすると、
空気の密度に変化はほとんどないという事になり、「空気が吸い込まれる」という現象は起きないのではないかと思います。

となると、空間が直接つながっている以上、わざわざ物質に手を加える必要性があるのか?というのが根拠①です。

※追記
最近「ねじ巻都市冒険記」をもう一度見たところ、宇宙空間にも関わらずドア全開で大丈夫でした。おそらく映画の都合上「固体酸素」を何度も撒くシーンが邪魔だったからだと思うのですが、一応公式映画でハッキリ描かれている以上この説も問題アリとなります。

根拠②:なぜ途中で気付かないのか?

 分解にしろ消滅にしろ、体が欠損すると何らかの苦痛を伴うのが普通です。
また苦痛がないにしろ、手や足などを先に入れた場合、自分の脳に繋がった手足ではない以上、そこから先の感覚は無くなるはずで、違和感は覚えるはず。
さすがに気付くのではないでしょうか?

 もっとも、苦痛無く分解・消滅させる技術が開発されており、またドアが転送先の手足と転送元の脳を電気信号で繋いでいるとすると、これは問題になりません。

根拠③:倫理的問題

 分解・消滅いずれにせよ、コピーの製造という意味ではクローンと似通った部分があり、生命倫理上の大きな問題をはらんでいます。一方どこでもドアは単なる移動を目的としています。常識的に考えて、圧倒的に便利とはいえ移動手段のためにその問題に立ち入りたいと思うでしょうか?

 と思ったのですが、改めて考えると「人間製造機」とかいうクローンどころではない道具がある事を思い出しました。どうも21世紀は生命倫理に関して大分緩くなっているようです。

 以上です。②と③に関しては自分で考える内に反論が思いついてしまい、①だけが辛うじて残る形となりました
※追記その2
①も否定され、これで全部の説がボツと相成りました。
新年一発目がこんなんでいいんでしょうか。まあいいでしょう。