お久しぶりです。暑いですね。
攻略の更新が途絶えている事からお分かりかと思いますが、またしても進めなくなりました。
そこで、さしあたって銀行レベルを上げようと思い、現在軍団モードをひたすらプレイしています。
もしかすると再び年号付きステージの攻略的なものも載せさせて頂くかもしれませんが、まだちょっと分かりません。
そういうわけで、申し訳ありませんがもうしばらくお待ち願います。
それでは。
2017年7月19日水曜日
2017年5月20日土曜日
将軍の栄光近況報告。
どうも。
最近更新の途絶えていた「将軍の栄光」攻略ですが、現在メダルを稼いでようやく中将まで階級をあげたので、これで少しは楽になるといいな・・・って感じです。
ていうか「将軍の栄光」もかなり古いアプリだと思うんですが、未だに攻略の需要あるんですね。
その記事を書いてる身でこんなこと言うのもアレなんですけど。
・・・そろそろ配信停止とか無いですよね。ソシャゲじゃないし。
それはそれとして、結局のところまだ階級を上げただけなので、もうしばらく更新できないと思いますが、どうかご了承のほどよろしくお願いします。
では。
最近更新の途絶えていた「将軍の栄光」攻略ですが、現在メダルを稼いでようやく中将まで階級をあげたので、これで少しは楽になるといいな・・・って感じです。
ていうか「将軍の栄光」もかなり古いアプリだと思うんですが、未だに攻略の需要あるんですね。
その記事を書いてる身でこんなこと言うのもアレなんですけど。
・・・そろそろ配信停止とか無いですよね。ソシャゲじゃないし。
それはそれとして、結局のところまだ階級を上げただけなので、もうしばらく更新できないと思いますが、どうかご了承のほどよろしくお願いします。
では。
2017年4月23日日曜日
「『将軍の栄光』攻略」番外編・軍団モード
どうも。意外と将軍の栄光の攻略に時間がかかっていますので、とりあえず軍団モードでメダル稼ぎにいそしんでいる摂福です。
どうせなら難易度の高いステージをやってみようと思い、ひとまず「ヨーロッパ 1939」の枢軸側にトライしてみました。
ただし、やたら時間がかかる軍団モードなので、主にスクショにより進めていきます。
そのため画像枚数がやや多くなってしまいました。昔のサイトなら「激重!」みたいな注意書きが必要なレベルです。
選んだ将軍はイタリア軍「グラツィアーニ」。よりにもよってイタリア軍。でもほぼ海軍オンリーのリカルディよりはマシでしょう。

イタリアなので期待はしていませんでしたが、やはり能力値も所有拠点も今一つ。
将軍が乗っているのは中戦車なのが幸いです。
自軍の戦力は左(イタリア半島北部)に集中していますが、一応右(バルカン半島の左付け根)にも生産拠点があり、わずかばかりの兵力が支給されています。

最序盤はこんな感じ。水色が味方、赤色が敵です。独ソ不可侵条約なんて無かった。
(※このマップは区切り区切りでお見せしていきますが、何分スクショを元に再現しているだけなので、描き洩らし・描き間違い・見づらい点等々あります。ご了承ください。)
ルーマニア・ブルガリア・セルビアは味方ですが、弱小な上にソ連もドイツにかかりきりなのでほぼ空気、敵じゃないだけマシといった程度です。
ま、最も手近な敵であるユーゴスラビアも同レベルなので適当にユニットを生産しつつ蹴散らしていきます。

ただ、もう片方の敵であるギリシャはブルガリアが持つプロヴディフを奪取し、大砲等で防衛の構えを形成しています。
主力である左方面はフランスの内部を目指して左上に進軍していきました。フランス軍の主力はドイツ軍に向いており、さらにドイツ軍の南部と挟撃する形になるため、意外とスイスイ進めていけます。
同じイタリア軍であるリカルディはマルセイユからやってくるフランス海軍を撃退します。

一方メッセは左に進んでいきます。
ドイツ軍は史実通り?フランス侵攻をベネルクス方面・マジノ方面から進めています・・・が。ロンメル一人にベネルクス侵攻を任せているため兵力が足りておらず、突破するどころか早々に撤 退。

それ以外も防戦一方のドイツ軍。よくこんな状態でフランス侵攻なんて考えたものです。

ポーランド侵攻もソ連の支援もあってか全く進んでいません。
まさに四面楚歌。正確には西部と東部の二面楚歌ですかね。今上手いこと言った。

やや時間が経ち、ルントシュテットも撤退。ドイツ国内へ連合軍がなだれ込み始めます。
メッセとスペインの協力で、フランス南部がじわじわと枢軸側の支配下に。地中海も制圧できました。
東部ではソ連とポーランドが本格的な侵攻を始めます。
自軍は順調にフランス中部へと侵攻していき、工場で中戦車を生産しバトゥーチンを乗せます。やや厳しい場面もありますが、補給をしっかりすればさほど特筆すべき点はありません。

問題は東部。ギリシャが守るプロブディフが意外と堅固で、歩兵や大砲では歯が立ちません。軽戦車を生産するも、敵将軍大砲にあっけなくやられてしまいました。ここで時間を食ったのが悔やまれます。

さらに時間経過。20ターン程度でしょうか。
ドイツ北西部は連合軍の逆襲を受けてどんどん後退していき、連合軍はベルリンに肉薄しつつあります。

ですが、フランス南部はメッセが撤退したもののイタリア優勢。
さらに連合軍主力がドイツに侵攻していったためフランスの守りが手薄になり、驚くほど簡単に進める事ができました。
軍の動きもシチュエーションも全然違いますが、この辺りは史実のフランス侵攻っぽくてちょっと嬉しいです。
東部では、ソ連・ポーランド連合軍の前にゲーリングが敗北。こちらもまたベルリンに近づいています。

ドイツ軍、完全に挟撃を受けていますね。情けなや。

自軍は泥沼に陥ったプロブディフを諦め、一旦その周辺からあえてアテネに侵攻することを決定。
そうして複数方向からプロブディフに圧力をかける作戦を取ります。

こちらも中々厳しい戦いですが、完全膠着よりは気が楽です。

30ターンくらいだったと思います。
かなり手薄になったフランス侵攻は快調。パリですらあっという間に落とせてしまいました。侵攻ルートを断絶したため、連合軍の瓦解も時間の問題でしょう。

が。
パリを抜けて海峡へとたどり着いた時、目に入ったのは海を埋め尽くさんばかりの敵艦隊でした。

もうゲンナリといった感じ。ほとんどが最弱の巡洋艦とはいえ、海軍ユニットはけっこうな耐久力を誇ります。これらを倒し海峡を渡り、イギリス本土を陥落するのにどれだけかかるか。危うく投げたくなりました。
取りあえず歩兵を量産して海岸線に要塞砲を建設しまくり、大砲などでじわじわ削っていく作戦に。
一方主力は東進した連合軍を追いかけていきます。

アムステルダムは狭いので展開しづらく、おまけに周囲を敵海軍に取り囲まれており、尋常ではない堅さに仕上がっています。が、将軍×2でゴリゴリ進んでいきます。
それから対ギリシャ。
西部で余裕ができたためか、それともプロブディフを周囲からじわじわ削ったのが功を奏したのか、
アテネ、それに次いでプロブディフ制圧完了。

しかしほっとしたのも束の間。いつの間にやらポーランド軍がイタリアのすぐ東にまで迫っていたのです。

まあ正面衝突だったら恐れるほどの敵ではありませんが、ユニットを追加生産して東進を開始します。
そうそう、イタリア西部のフランス勢力をほぼ一掃できたのもこの頃です。

50ターン前後。

こっからはもう特筆すべき点はないのでガンガン行きます。
盛り返したドイツの支援もあって、西部戦線はほぼ完勝。地道な戦闘の末、海も大分見やすくなりました。金に飽かせて空母を量産し、陸軍をイギリスに送り込みます。

陸軍の主力はそのままソ連に向かって進軍。
東部戦線も、ポーランド軍にやや苦戦しつつも次第に兵力差が生まれ、順調にソ連へと侵攻できました。

どちらも歩兵をアホみたいに量産していますね。軍団モード名物。
防衛側のポーランドはともかく、ドイツにはせめて装甲車くらいは生産してもらいたいものです。
イギリス敗北。

最終目標、ミンスク攻略戦。


そしてとうとう勝利。
バトゥーチン使ってターン68・・・まあこんなもんではないでしょうか。それにイタリア軍ですし。(実はこの言い訳を使う為にイタリア軍を選択した)
まあ、将軍なしとかでクリアできる気はしないです。
でもイタリア軍、戦力は別としても立地は悪くないんじゃないでしょうか。
確かにイギリスやミンスクへは遠いですが、敵の主力とはぶつからずに済みますので漁夫の利を得やすいです。それはそれでなんかイタリアっぽい気も。
やはり年号付きのステージは終盤がユニットだらけで非常に面倒くさいですね。極端に難しい場面はありませんでしたが、強いて挙げるならアムステルダムとギリシャ、それからフランスの序盤がしんどかったです。
今回はスクショで楽をするはずが、かえって疲れてしまいました。
長かったせいもあるとは思いますが、とにかくもうこんな試みは御免です。
それではこの辺で。番外編なので続編は期待しないで下さい・・・
どうせなら難易度の高いステージをやってみようと思い、ひとまず「ヨーロッパ 1939」の枢軸側にトライしてみました。
ただし、やたら時間がかかる軍団モードなので、主にスクショにより進めていきます。
そのため画像枚数がやや多くなってしまいました。昔のサイトなら「激重!」みたいな注意書きが必要なレベルです。
選んだ将軍はイタリア軍「グラツィアーニ」。よりにもよってイタリア軍。でもほぼ海軍オンリーのリカルディよりはマシでしょう。

イタリアなので期待はしていませんでしたが、やはり能力値も所有拠点も今一つ。
将軍が乗っているのは中戦車なのが幸いです。
自軍の戦力は左(イタリア半島北部)に集中していますが、一応右(バルカン半島の左付け根)にも生産拠点があり、わずかばかりの兵力が支給されています。

最序盤はこんな感じ。水色が味方、赤色が敵です。独ソ不可侵条約なんて無かった。
(※このマップは区切り区切りでお見せしていきますが、何分スクショを元に再現しているだけなので、描き洩らし・描き間違い・見づらい点等々あります。ご了承ください。)
ルーマニア・ブルガリア・セルビアは味方ですが、弱小な上にソ連もドイツにかかりきりなのでほぼ空気、敵じゃないだけマシといった程度です。
ま、最も手近な敵であるユーゴスラビアも同レベルなので適当にユニットを生産しつつ蹴散らしていきます。

ただ、もう片方の敵であるギリシャはブルガリアが持つプロヴディフを奪取し、大砲等で防衛の構えを形成しています。
主力である左方面はフランスの内部を目指して左上に進軍していきました。フランス軍の主力はドイツ軍に向いており、さらにドイツ軍の南部と挟撃する形になるため、意外とスイスイ進めていけます。
同じイタリア軍であるリカルディはマルセイユからやってくるフランス海軍を撃退します。

一方メッセは左に進んでいきます。
ドイツ軍は史実通り?フランス侵攻をベネルクス方面・マジノ方面から進めています・・・が。ロンメル一人にベネルクス侵攻を任せているため兵力が足りておらず、突破するどころか早々に撤 退。

それ以外も防戦一方のドイツ軍。よくこんな状態でフランス侵攻なんて考えたものです。

ポーランド侵攻もソ連の支援もあってか全く進んでいません。
まさに四面楚歌。正確には西部と東部の二面楚歌ですかね。今上手いこと言った。

やや時間が経ち、ルントシュテットも撤退。ドイツ国内へ連合軍がなだれ込み始めます。
メッセとスペインの協力で、フランス南部がじわじわと枢軸側の支配下に。地中海も制圧できました。
東部ではソ連とポーランドが本格的な侵攻を始めます。
自軍は順調にフランス中部へと侵攻していき、工場で中戦車を生産しバトゥーチンを乗せます。やや厳しい場面もありますが、補給をしっかりすればさほど特筆すべき点はありません。

問題は東部。ギリシャが守るプロブディフが意外と堅固で、歩兵や大砲では歯が立ちません。軽戦車を生産するも、敵将軍大砲にあっけなくやられてしまいました。ここで時間を食ったのが悔やまれます。

さらに時間経過。20ターン程度でしょうか。
ドイツ北西部は連合軍の逆襲を受けてどんどん後退していき、連合軍はベルリンに肉薄しつつあります。

ですが、フランス南部はメッセが撤退したもののイタリア優勢。
さらに連合軍主力がドイツに侵攻していったためフランスの守りが手薄になり、驚くほど簡単に進める事ができました。
軍の動きもシチュエーションも全然違いますが、この辺りは史実のフランス侵攻っぽくてちょっと嬉しいです。
東部では、ソ連・ポーランド連合軍の前にゲーリングが敗北。こちらもまたベルリンに近づいています。

ドイツ軍、完全に挟撃を受けていますね。情けなや。

自軍は泥沼に陥ったプロブディフを諦め、一旦その周辺からあえてアテネに侵攻することを決定。
そうして複数方向からプロブディフに圧力をかける作戦を取ります。

こちらも中々厳しい戦いですが、完全膠着よりは気が楽です。

30ターンくらいだったと思います。
かなり手薄になったフランス侵攻は快調。パリですらあっという間に落とせてしまいました。侵攻ルートを断絶したため、連合軍の瓦解も時間の問題でしょう。

が。
パリを抜けて海峡へとたどり着いた時、目に入ったのは海を埋め尽くさんばかりの敵艦隊でした。

もうゲンナリといった感じ。ほとんどが最弱の巡洋艦とはいえ、海軍ユニットはけっこうな耐久力を誇ります。これらを倒し海峡を渡り、イギリス本土を陥落するのにどれだけかかるか。危うく投げたくなりました。
取りあえず歩兵を量産して海岸線に要塞砲を建設しまくり、大砲などでじわじわ削っていく作戦に。
一方主力は東進した連合軍を追いかけていきます。

アムステルダムは狭いので展開しづらく、おまけに周囲を敵海軍に取り囲まれており、尋常ではない堅さに仕上がっています。が、将軍×2でゴリゴリ進んでいきます。
それから対ギリシャ。
西部で余裕ができたためか、それともプロブディフを周囲からじわじわ削ったのが功を奏したのか、
アテネ、それに次いでプロブディフ制圧完了。

しかしほっとしたのも束の間。いつの間にやらポーランド軍がイタリアのすぐ東にまで迫っていたのです。

まあ正面衝突だったら恐れるほどの敵ではありませんが、ユニットを追加生産して東進を開始します。
そうそう、イタリア西部のフランス勢力をほぼ一掃できたのもこの頃です。

50ターン前後。

こっからはもう特筆すべき点はないのでガンガン行きます。
盛り返したドイツの支援もあって、西部戦線はほぼ完勝。地道な戦闘の末、海も大分見やすくなりました。金に飽かせて空母を量産し、陸軍をイギリスに送り込みます。

陸軍の主力はそのままソ連に向かって進軍。
東部戦線も、ポーランド軍にやや苦戦しつつも次第に兵力差が生まれ、順調にソ連へと侵攻できました。

どちらも歩兵をアホみたいに量産していますね。軍団モード名物。
防衛側のポーランドはともかく、ドイツにはせめて装甲車くらいは生産してもらいたいものです。
イギリス敗北。

最終目標、ミンスク攻略戦。


そしてとうとう勝利。
バトゥーチン使ってターン68・・・まあこんなもんではないでしょうか。それにイタリア軍ですし。(実はこの言い訳を使う為にイタリア軍を選択した)
まあ、将軍なしとかでクリアできる気はしないです。
確かにイギリスやミンスクへは遠いですが、敵の主力とはぶつからずに済みますので漁夫の利を得やすいです。それはそれでなんかイタリアっぽい気も。
やはり年号付きのステージは終盤がユニットだらけで非常に面倒くさいですね。極端に難しい場面はありませんでしたが、強いて挙げるならアムステルダムとギリシャ、それからフランスの序盤がしんどかったです。
今回はスクショで楽をするはずが、かえって疲れてしまいました。
長かったせいもあるとは思いますが、とにかくもうこんな試みは御免です。
それではこの辺で。番外編なので続編は期待しないで下さい・・・
2017年4月8日土曜日
『将軍の栄光』作戦元ネタ解説(第四回・アシカ作戦)
このコーナーも4回目。今回は枢軸シナリオ「アシカ作戦」、連合シナリオ「グレートブリテンの戦い」の元ネタ解説です。
※基本的にはWikipediaの内容が大部分です。ただコピペではあまりに芸が無いので出来る限り平易かつ自分の言葉で解説させて頂こうかと思います。
「アシカ作戦」とはナチスドイツによるイギリス侵攻作戦の名前です。
この名前に聞き覚えがなくとも、こう言えばご存知の方も多いのではないでしょうか。
「ゼーレーヴェ作戦」。某アニメで有名ですね。私は戦争が好きだの奴です。
ベネルクス三国およびフランス侵攻を短期かつ軽微な損害で成し遂げ、まさに飛ぶ鳥を落とす勢いのナチスドイツでしたが、一方で不安も抱えていました。
先のフランス侵攻におけるナチス唯一の汚点「ダンケルクの奇跡」で脱出した数十万の連合国の兵士たちが居ましたね。その脱出先であるイギリスです。
イギリスは今や亡命した各国政府の拠り所、連合国の本拠地にして西欧最後の砦となっています。
逆に言えば、このイギリスを倒せば西欧に残るは中立のスペインとポルトガルくらいなもの。つまり敵なしという事です。
当初は講和を期待していたヒトラーですが、バリバリの主戦派チャーチルによって講和が否決され、このアシカ作戦を計画しました。
当初の計画は最も近いイギリスの南東部に上陸、空挺部隊でそれを支援し北進、ロンドンを包囲するというものです。
さて、連合国の本拠地とはいえダンケルクから撤退できたのは人員ばかりであり、殆どの兵器はそのままダンケルクに取り残されてしまいました。
そのためイギリス本土の陸軍はかなり弱体化しており、ドイツ軍の上陸に備えてホーム・ガードと呼ばれる民兵を組織しているほどでした。
しかし一方でイギリス海軍は世界最強クラス。侵略するためにドーバー海峡を渡ろうとすれば間違いなく妨害を受けるでしょう。
陸軍を運搬する船は無防備であり、軍船に狙われたらひとたまりもありませんので当然護衛する船が必要です。
あ、ちなみに。「将軍の栄光」では水上運搬中の陸軍ユニットが軍艦に向かって攻撃を仕掛ける場面も珍しくありませんが、当時艦船の砲は最低でも口径10㎝を超えるのに対し、戦車はナチスドイツが誇る後期の重戦車(タイガー戦車)ですら口径8.8cm。
砲身の長さも桁違いなので射程も威力もダンチですし、個人的には相手にならないと思います。
対するドイツ海軍はというと、元々大して強くない上にノルウェー侵攻作戦「ヴェーザー演習作戦」でかなりの損害を受けており、加えてドーバー海峡は浅すぎて頼みのUボートも活躍しづらい環境です。はっきり言って勝ち目はありません。
海軍をやっつけるのは難しいならフランスの時のような奇襲ができないの?とも思いますが、ここでも補給の問題があります。
一旦は不意を衝いて本土上陸を成し遂げたとしても、後続の支援部隊が押し寄せたイギリス海軍に破壊されるのは目に見えています。
フランス侵攻の際は現地調達で賄いましたが、さすがにロンドン包囲しておいて現地調達のみというのは不可能でしょう。
という訳で、アシカ作戦の前提には、
上陸の障害となるイギリス海軍と沿岸地域の敵を退け、
かつ入ってこられないように海峡を封鎖する必要があり、
しかし海軍だけではそれを実現することはできず、
ゆえに航空機による応援が不可欠であり、
よって制空権の確保をする事がこの作戦の発動条件となりました。(赤字がヒトラーによって挙げられたアシカ作戦発動の前提です。)
それらを満たすべく、空軍大佐ゲーリング指揮による制空権確保のための戦い、通称「バトル・オブ・ブリテン」が勃発しました。
バトル・オブ・ブリテンも興味深い戦いなのですが、生憎「将軍の栄光」では制空権などあってないようなものなので省略します。
かいつまむと、ドイツ優勢・イギリス粘る→ロンドンへの爆撃に方針転換→その隙に施設を修復してイギリス空軍復活、さらにドイツ戦闘機の航続距離の短さが露呈。→制空権確保失敗。
です。
航空支援なしに海軍が勝てるはずもなく、特に戦うことなく制海権も断念。
おまけにソ連侵攻作戦「バルバロッサ作戦」が始動し、とてもイギリス侵攻どころでは無くなり、総統ヒトラーによってこの作戦の中止が決定されました。
とまあ実現しなかった作戦なので、今回は「もしアシカ作戦が実行されていたら」という「IF」シナリオです。
ですが、実は後の机上訓練でこの作戦は検討されています。
「制空権は確保できていないが、機雷でドーバー海峡は封鎖されている」という状態、すなわち前提条件を満たせていなかったのに決行した場合ですね。
元ナチスの将校も参加したこのシミュレーションですが、やはり上陸は上手く行ったものの機雷原を突破したイギリス海軍により補給が断絶し、ナチス軍は撤退しています。
このゲームでは補給も制空権も関係ないので完全な再現は無理ですし、そもそもイギリス沿岸の敵が全然排除できてないとか、潜水艦がガンガン活躍できるとか・・・
けっこう史実と離れているステージではありますね。
そして「グレートブリテンの戦い」は、このアシカ作戦が上手く行った後のステージでしょう。ロンドンがドイツの手に落ちています。それでも降伏しないイギリス。
北海にイギリス海軍がいる所を見ると救援に向かえなかったようですね。もしくは完全に制海権を取り戻しており、支援に向かっているという可能性も。
またプレイヤー含め、イギリス軍主力は北部に構えています。
前述のシミュレーションではイギリスは遅滞戦術を取り、ホーム・ガードが時間を稼いでいる間に正規軍を再編成、防衛ラインを築くという展開になっていたので、恐らくは再編成した部隊でしょう。
シナリオでも時間稼ぎ→主力が前線に復帰→反撃という流れなので、こちらはほぼ再現されているといえます。本当ならロンドンは落とされませんし、何より反撃のカギは何度も言った通り補給の断絶なのですがまあ良いでしょう。
こんなところでしょうか。この作戦は枢軸ファンの方なら一度は成功を妄想するのではないかと思いますので、検証するサイト様も比較的多く存在します。僕の拙い説明で満足できない方は是非そちらにおいで下さいませ。
では。
※基本的にはWikipediaの内容が大部分です。ただコピペではあまりに芸が無いので出来る限り平易かつ自分の言葉で解説させて頂こうかと思います。
「アシカ作戦」とはナチスドイツによるイギリス侵攻作戦の名前です。
この名前に聞き覚えがなくとも、こう言えばご存知の方も多いのではないでしょうか。
「ゼーレーヴェ作戦」。某アニメで有名ですね。私は戦争が好きだの奴です。
ベネルクス三国およびフランス侵攻を短期かつ軽微な損害で成し遂げ、まさに飛ぶ鳥を落とす勢いのナチスドイツでしたが、一方で不安も抱えていました。
先のフランス侵攻におけるナチス唯一の汚点「ダンケルクの奇跡」で脱出した数十万の連合国の兵士たちが居ましたね。その脱出先であるイギリスです。
イギリスは今や亡命した各国政府の拠り所、連合国の本拠地にして西欧最後の砦となっています。
逆に言えば、このイギリスを倒せば西欧に残るは中立のスペインとポルトガルくらいなもの。つまり敵なしという事です。
当初は講和を期待していたヒトラーですが、バリバリの主戦派チャーチルによって講和が否決され、このアシカ作戦を計画しました。
当初の計画は最も近いイギリスの南東部に上陸、空挺部隊でそれを支援し北進、ロンドンを包囲するというものです。
さて、連合国の本拠地とはいえダンケルクから撤退できたのは人員ばかりであり、殆どの兵器はそのままダンケルクに取り残されてしまいました。
そのためイギリス本土の陸軍はかなり弱体化しており、ドイツ軍の上陸に備えてホーム・ガードと呼ばれる民兵を組織しているほどでした。
しかし一方でイギリス海軍は世界最強クラス。侵略するためにドーバー海峡を渡ろうとすれば間違いなく妨害を受けるでしょう。
陸軍を運搬する船は無防備であり、軍船に狙われたらひとたまりもありませんので当然護衛する船が必要です。
あ、ちなみに。「将軍の栄光」では水上運搬中の陸軍ユニットが軍艦に向かって攻撃を仕掛ける場面も珍しくありませんが、当時艦船の砲は最低でも口径10㎝を超えるのに対し、戦車はナチスドイツが誇る後期の重戦車(タイガー戦車)ですら口径8.8cm。
砲身の長さも桁違いなので射程も威力もダンチですし、個人的には相手にならないと思います。
対するドイツ海軍はというと、元々大して強くない上にノルウェー侵攻作戦「ヴェーザー演習作戦」でかなりの損害を受けており、加えてドーバー海峡は浅すぎて頼みのUボートも活躍しづらい環境です。はっきり言って勝ち目はありません。
海軍をやっつけるのは難しいならフランスの時のような奇襲ができないの?とも思いますが、ここでも補給の問題があります。
一旦は不意を衝いて本土上陸を成し遂げたとしても、後続の支援部隊が押し寄せたイギリス海軍に破壊されるのは目に見えています。
フランス侵攻の際は現地調達で賄いましたが、さすがにロンドン包囲しておいて現地調達のみというのは不可能でしょう。
という訳で、アシカ作戦の前提には、
上陸の障害となるイギリス海軍と沿岸地域の敵を退け、
かつ入ってこられないように海峡を封鎖する必要があり、
しかし海軍だけではそれを実現することはできず、
ゆえに航空機による応援が不可欠であり、
よって制空権の確保をする事がこの作戦の発動条件となりました。(赤字がヒトラーによって挙げられたアシカ作戦発動の前提です。)
それらを満たすべく、空軍大佐ゲーリング指揮による制空権確保のための戦い、通称「バトル・オブ・ブリテン」が勃発しました。
バトル・オブ・ブリテンも興味深い戦いなのですが、生憎「将軍の栄光」では制空権などあってないようなものなので省略します。
かいつまむと、ドイツ優勢・イギリス粘る→ロンドンへの爆撃に方針転換→その隙に施設を修復してイギリス空軍復活、さらにドイツ戦闘機の航続距離の短さが露呈。→制空権確保失敗。
です。
航空支援なしに海軍が勝てるはずもなく、特に戦うことなく制海権も断念。
おまけにソ連侵攻作戦「バルバロッサ作戦」が始動し、とてもイギリス侵攻どころでは無くなり、総統ヒトラーによってこの作戦の中止が決定されました。
とまあ実現しなかった作戦なので、今回は「もしアシカ作戦が実行されていたら」という「IF」シナリオです。
ですが、実は後の机上訓練でこの作戦は検討されています。
「制空権は確保できていないが、機雷でドーバー海峡は封鎖されている」という状態、すなわち前提条件を満たせていなかったのに決行した場合ですね。
元ナチスの将校も参加したこのシミュレーションですが、やはり上陸は上手く行ったものの機雷原を突破したイギリス海軍により補給が断絶し、ナチス軍は撤退しています。
このゲームでは補給も制空権も関係ないので完全な再現は無理ですし、そもそもイギリス沿岸の敵が全然排除できてないとか、潜水艦がガンガン活躍できるとか・・・
けっこう史実と離れているステージではありますね。
そして「グレートブリテンの戦い」は、このアシカ作戦が上手く行った後のステージでしょう。ロンドンがドイツの手に落ちています。それでも降伏しないイギリス。
北海にイギリス海軍がいる所を見ると救援に向かえなかったようですね。もしくは完全に制海権を取り戻しており、支援に向かっているという可能性も。
またプレイヤー含め、イギリス軍主力は北部に構えています。
前述のシミュレーションではイギリスは遅滞戦術を取り、ホーム・ガードが時間を稼いでいる間に正規軍を再編成、防衛ラインを築くという展開になっていたので、恐らくは再編成した部隊でしょう。
シナリオでも時間稼ぎ→主力が前線に復帰→反撃という流れなので、こちらはほぼ再現されているといえます。本当ならロンドンは落とされませんし、何より反撃のカギは何度も言った通り補給の断絶なのですがまあ良いでしょう。
こんなところでしょうか。この作戦は枢軸ファンの方なら一度は成功を妄想するのではないかと思いますので、検証するサイト様も比較的多く存在します。僕の拙い説明で満足できない方は是非そちらにおいで下さいませ。
では。
2017年3月31日金曜日
春のご挨拶。
どうも。今年度も今日で終わりですね。皆様方の中には、新たな境遇に身を置くという不安をお持ちの方も多いかと存じます。
その不安を解消する事はできませんが、このブログを見て頂きそのお心を軽くする事ができれば大変嬉しく思います。
もちろんそうでない方も大歓迎ですので、これからもどうかこのブログをほんの少しでも気にかけてやって下さい。
このブログも始めてはや2年半。今やすっかり「将軍の栄光」攻略サイトとなっております。
いい加減それ一本に頼り切りというのも心もとないのでそれ以外の記事も書きたいのですが、いかんせん私生活で面白い事が中々無いもので。取りあえずこうして節目節目のご挨拶を投稿する事から始めようかと思いました。
以上です。
その不安を解消する事はできませんが、このブログを見て頂きそのお心を軽くする事ができれば大変嬉しく思います。
もちろんそうでない方も大歓迎ですので、これからもどうかこのブログをほんの少しでも気にかけてやって下さい。
このブログも始めてはや2年半。今やすっかり「将軍の栄光」攻略サイトとなっております。
いい加減それ一本に頼り切りというのも心もとないのでそれ以外の記事も書きたいのですが、いかんせん私生活で面白い事が中々無いもので。取りあえずこうして節目節目のご挨拶を投稿する事から始めようかと思いました。
以上です。
2017年3月2日木曜日
『将軍の栄光』作戦元ネタ解説(第三回・フランス侵攻)
どうも。
長らく放置していたこのコーナー。二回で終わりと思った方もいらっしゃるかもしれませんね。将軍の栄光の攻略がまたしても詰まったので、これでお茶を濁したいと思います。
今回はナチスドイツのフランス侵攻ですね。将軍の栄光での作戦は、
枢軸側「黄計画」「マジノ線」、連合側「ダンケルクの戦い」となります。
※基本的にはWikipediaの内容が大部分です。ただコピペではあまりに芸が無いので出来る限り平易かつ自分の言葉で解説させて頂こうかと思います。
さて、前々回…と言っても覚えてらっしゃらないでしょうが、
ポーランド侵攻後、フランスとイギリスがドイツに宣戦布告を行いながらもしばらくの間陸上戦争が行われなかった、と説明しました。
その間ノルウェーが占領されたりはしたものの、英仏・独のしばらくの間の平和があったわけです。それを破ったのが、今回のナチスドイツによるフランス侵攻です。
そもそも、イギリスが海軍大国であるように、フランスは伝統的に陸軍大国です。
急激に機械化・軍事化を進めたドイツに比べ劣る点は否めませんが、
それでも豊富な国力と広い国土を要するフランスに対し、これまでのような短期決戦は不可能であるように思えました。
さらにフランスは、ドイツとの国境に強大な要塞を建設していたのです。
それが悪名高いマジノ線。
今では「高いコストで低い効果」の代名詞として使われているほど評価の低い要塞群です。
とは言えこのマジノ線、要塞同士を繋げた長大かつ堅固な防衛ラインでした。
将軍の栄光の「マジノ線」ではシステムの都合上ユニットの固まりになっていましたが、もちろん実際は歩兵で運用されます。
これに正面からぶつかれば多数の損害が出てしまうのは明らかです。しかし見ての通りフランス国境にその切れ目はありません。
唯一切れ目のあるオランダ・ベルギー・ルクセンブルク(この三国をまとめてベネルクス三国と言います。)国境は対独戦に消極的な英仏に見切りをつけ、連合国に参加せず中立を宣言していますので、まともに戦おうとすればどうしてもマジノ線を突破しなければならないわけです。
しかしドイツはそれでも短期でフランスを打ち倒す作戦を計画していました。
ちなみになぜナチスが執拗に短期決戦に拘るのかというと、国力の不利と資源的な問題から、長期戦になればなるほど不利だからです。
その作戦、「黄作戦(黄色計画)」と呼ばれる作戦は、以下のようなものです。
なお、この「黄作戦」はフランス侵攻作戦における第一段階の作戦名です。
…はい。「中立なんて関係ねえよ!」とベネルクスを侵攻(進行)しフランスに攻め入る作戦です。
今はもちろん、当時も中立国に攻め入るなどというのは暴挙と言っても過言ではありません。敵対しません!と言っている国に対し、自分に味方しないなら敵だとばかりに攻撃するのですから。(当時、既に侵略戦争は国際連盟等で制裁の対象となっていました。)
ところが、この作戦の機密書類を乗せた飛行機が、当のベルギーに不時着してしまいました。相手にばれた作戦ほど無意味なものはありません。
そこで新たに選ばれたのがマンシュタイン計画と呼ばれる、マンシュタインの作戦にグデーリアンの意見を加えた作戦です。
まずC軍集団はマジノ線の防衛部隊を引き付けておきます。
次に主力のB軍集団は普通に進軍し、当初の予定通りベネルクスを通ってフランスへ進みます。
以前のシュリーフェンプランを踏襲する形であり、これが敵の主力に違いないと考えたフランスを主とする連合軍はベルギー平原にほぼ全軍を固めました。
しかしその間に、もう一つの主力であるA軍集団がアルデンヌの森林地帯を通ってフランスに侵攻します。
図を見て頂ければ分かると思いますが、連合軍主力の下を抜ける形になります。いわゆる奇襲ですね。
あまりにも奇抜な作戦だった為参謀長からは却下されていましたが、軍の機密漏洩事件など、紆余曲折あって結局これが採用されました。
というか作戦の段階ではA軍集団は単にB軍集団の支援でしかなく、グデーリアン・ロンメル等の装甲部隊が命令無視して強引にこの計画を遂行したんですが。
では実際どうだったかというと、連合軍がB軍集団と交戦している間に、A軍集団はまんまと手薄な敵の背後に入り込み、寡兵を蹴散らしながらフランスを猛進。
ここでかの有名な電撃戦が行われたわけです。先頭を行くのは電撃戦の考案者グデーリアン。将軍の栄光にも登場していますね。
電撃戦の説明は後ほど。
連合軍がA軍集団に気付いて引き返そうとするも、時すでに遅し。本土との補給路を遮断されてしまいました。
さらにはイギリスとの海峡、ドーバー海峡もA軍集団が占領。
連合軍はここダンケルクで完全に孤立してしまいます。
ところが連合軍の一軍がフランスへの退路を開こうと闇雲に侵攻したところ、
たまたまロンメル師団の手薄な部分を横から奇襲する形になり、いくつかの部隊が壊滅します。
結局この反撃は失敗に終わりましたが、この反撃はナチスに衝撃を与えました。
これを大規模な反撃作戦の一部だと勘違いし、「予想外に秩序を保った連合軍」による機甲部隊への損害を恐れたとも、功績を求めたゲーリングの要求を飲んだともいわれますが、ともかく総統ヒトラーは陸軍に一時停止を命令。
ゲーリング率いる空軍によってダンケルクの連合軍を壊滅させようとします。
しかし陸軍からの攻撃を免れた連合軍は、再び体勢を整える時間を稼ぐことができました。
一方退路の確保に失敗したことで、連合軍はフランスへの撤退を諦めます。
すなわちダンケルクからのイギリスへの脱出を決意したわけです。
苛烈な爆撃・砲撃の中、軍船から果ては民間船すら含めた大量の船舶によって多くの兵がイギリスへ逃れていきます。もちろん大半の兵器はそのままに。
やっとドイツがダンケルクの防衛を突破した時、大部分の兵は既に撤退を完了できていました。これがダンケルクの奇跡と呼ばれるものです。
しかし逆に言えば、フランス本土はもぬけの殻。
マジノ線から引き抜いた歩兵など、再編した軍団で抵抗しますが、政府は間もなく首都パリを無防備都市に指定。まあパリ限定の降伏と捉えて結構です。
首都を移したものの、和平派ペタン首相が率いる新政権樹立によって、両国は独仏休戦協定を締結。
結局、大国フランスはわずか1か月余りで降伏してしまいました。
その後ペタン政権はナチスドイツの傀儡政権(これをヴィシー政権と呼びます)となり、フランスはファシズム国家へと変貌。ナチスドイツ支援し、資源的に支えていきます。
一方シャルル・ド・ゴールやアンリ・ジローはじめとする主戦派はイギリスで自由フランスという亡命政府を組織し、今後も連合軍の一員として、フランスを取り戻すべく戦争に参加していく事になります。
余談ですがこのド・ゴールは後にフランス大統領となり、強い権力とリーダーシップでフランスの再建に努めます。
その強引なやり方に批判もありますが、彼の名前の付いた空港(シャルル・ド・ゴール空港)まであるという点に鑑みても、国民からの人気はかなりのもののようです。
その後、フランス各地でレジスタンス活動が行われながらも、連合軍による再占領がなされるまでこの状態は続きます。
おおまかな経過は以上となりますが、以下は少し詳しい説明です。
・なぜマジノ線をベルギー国境まで延ばさなかったのか?
・なぜ連合軍はアルデンヌへの注意を怠ったのか?
・電撃戦とは何か?
の3点についての内容となります。
思いの外長くなってしまったので、注意して下さい。
これにはいくつかの説があります。
まず、資金的問題を原因だとする説。
あれだけ長大な国境線をカバーするマジノ線には多大な資金や時間が必要だったでしょう。
しかもドイツからしてみれば、損害を覚悟しさえすれば要塞の突破は別に不可能ではなく、マジノ線さえあれば安心だという訳ではありません。
といった理由から、国家予算との兼ね合いで、中立のベルギー国境まで延長する事を後回しにされたとしても、さほど不思議はありません。
次に、特にベルギーとの関係悪化を恐れたとする説。
実は、ベネルクスはあまり英仏とは仲が良くありません。
特にドイツと国境を接しているオランダは、できるだけ怒らせたくないという思いもあってかなりドイツ寄り。
フランスに最も近いベルギーですら親仏と親独で割れるような状態です。
ですので英仏はしきりにベネルクスを連合国に参加するよう、最悪でもドイツの味方にならないように働きかけていました。
そんな中、ベルギー国境に要塞を建設したらどうなるか。実際はベネルクスを本気で守り切る気がないと白状するようなものではないでしょうか。
ただ、あくまでウィキペディアの記述によると、ベルギー自身からマジノ線をベルギー国境まで延長するよう要望が何度もあったとされており、そうするとこの説は怪しくなります。
しかしウィキペディア以外ではそういった資料が見つからず、信憑性に欠ける記述である事を強く心に留めて頂きたく思います。
最後に、ドイツの侵攻ルートをベネルクスに固定するためとする説。
あえてベルギー国境を開放し、ナチスにWW1のシュリーフェンプランの踏襲を強いる事ができます。
一度失敗した作戦の状況を再現させれば、当然また失敗に終わる可能性も高まります。
さらに、進軍ルートが決まっていれば、最悪でも高い確率で真正面からのぶつかり合いに持ち込めます。
そうなれば英仏とドイツは数の上では互角なので、恐らく膠着状態に陥ります。
兵器の対戦車能力では英仏の方が上ですし、ドイツはWW1の影響や急激な拡張で国内も不安定、資源もまだ心もとない状況なので、英仏が有利になっていったと思われます。
それだけではありません。先ほども言いましたが、ベネルクスは中立国であり、そこへの侵攻はタブーです。当然国際社会からの批判は強まります。
言い換えればマジノ線を迂回させ、ナチスドイツの孤立を深めることができるわけです。
(もっとも既に侵略戦争・ユダヤ人虐殺を行ったナチスにとって、これ以上批判されても蛙の面に水というやつでしょうか。)
つまりマジノ線は、直接攻められても迂回されてもそれなりの意味があり、今回の侵攻に際しても(結果的に役には立ちませんでしたが)、一定の目的は果たしたという訳です。
また、国土に比べ兵力の少ないフランスにおいて、広い国境を比較的少ない兵力で防衛できるという意味でも、マジノ線は有用であったといえます。
もちろん、それらの効果に見合う費用であったかというのは全くの別問題で、その金を装備や兵器に回すべきだった、という批判は今でもされています。
ていうかそっちの方が圧倒的に多いです。広大なネットの海(死語)をあさってもマジノ線をべた褒めしている記述など見つかりませんでした。
さて次に。
繰り返しにはなりますが、この機械化軍団の最大の利点はその機動力にあります。
いくら戦車軍団といえども支援が無ければ戦えません。つまり随伴部隊の進軍速度に合わせる必要があるという事です。
そこで部隊全体が戦車並みのスピードを出す事により、通常ではあり得ないスピードを出す事が可能になるのです。
特に戦車の特性について、グデーリアンは「最初の突破の後に引き続いてその機動を継続することが可能」としており、
素人意見ですが、これが将軍の栄光における「戦車ユニットは敵を撃破した際引き続き行動できる」という設定に繋がっているのではないか?と思います。
長らく放置していたこのコーナー。二回で終わりと思った方もいらっしゃるかもしれませんね。将軍の栄光の攻略がまたしても詰まったので、これでお茶を濁したいと思います。
今回はナチスドイツのフランス侵攻ですね。将軍の栄光での作戦は、
枢軸側「黄計画」「マジノ線」、連合側「ダンケルクの戦い」となります。
※基本的にはWikipediaの内容が大部分です。ただコピペではあまりに芸が無いので出来る限り平易かつ自分の言葉で解説させて頂こうかと思います。
さて、前々回…と言っても覚えてらっしゃらないでしょうが、
ポーランド侵攻後、フランスとイギリスがドイツに宣戦布告を行いながらもしばらくの間陸上戦争が行われなかった、と説明しました。
その間ノルウェーが占領されたりはしたものの、英仏・独のしばらくの間の平和があったわけです。それを破ったのが、今回のナチスドイツによるフランス侵攻です。
そもそも、イギリスが海軍大国であるように、フランスは伝統的に陸軍大国です。
急激に機械化・軍事化を進めたドイツに比べ劣る点は否めませんが、
それでも豊富な国力と広い国土を要するフランスに対し、これまでのような短期決戦は不可能であるように思えました。
さらにフランスは、ドイツとの国境に強大な要塞を建設していたのです。
それが悪名高いマジノ線。
今では「高いコストで低い効果」の代名詞として使われているほど評価の低い要塞群です。
とは言えこのマジノ線、要塞同士を繋げた長大かつ堅固な防衛ラインでした。
将軍の栄光の「マジノ線」ではシステムの都合上ユニットの固まりになっていましたが、もちろん実際は歩兵で運用されます。
これに正面からぶつかれば多数の損害が出てしまうのは明らかです。しかし見ての通りフランス国境にその切れ目はありません。
唯一切れ目のあるオランダ・ベルギー・ルクセンブルク(この三国をまとめてベネルクス三国と言います。)国境は対独戦に消極的な英仏に見切りをつけ、連合国に参加せず中立を宣言していますので、まともに戦おうとすればどうしてもマジノ線を突破しなければならないわけです。
しかしドイツはそれでも短期でフランスを打ち倒す作戦を計画していました。
ちなみになぜナチスが執拗に短期決戦に拘るのかというと、国力の不利と資源的な問題から、長期戦になればなるほど不利だからです。
その作戦、「黄作戦(黄色計画)」と呼ばれる作戦は、以下のようなものです。
なお、この「黄作戦」はフランス侵攻作戦における第一段階の作戦名です。
![]() |
| この作戦、実は「シュリーフェン・プラン」というWW1で失敗した作戦の焼き直しです。 |
今はもちろん、当時も中立国に攻め入るなどというのは暴挙と言っても過言ではありません。敵対しません!と言っている国に対し、自分に味方しないなら敵だとばかりに攻撃するのですから。(当時、既に侵略戦争は国際連盟等で制裁の対象となっていました。)
ところが、この作戦の機密書類を乗せた飛行機が、当のベルギーに不時着してしまいました。相手にばれた作戦ほど無意味なものはありません。
そこで新たに選ばれたのがマンシュタイン計画と呼ばれる、マンシュタインの作戦にグデーリアンの意見を加えた作戦です。
まずC軍集団はマジノ線の防衛部隊を引き付けておきます。
次に主力のB軍集団は普通に進軍し、当初の予定通りベネルクスを通ってフランスへ進みます。
以前のシュリーフェンプランを踏襲する形であり、これが敵の主力に違いないと考えたフランスを主とする連合軍はベルギー平原にほぼ全軍を固めました。
しかしその間に、もう一つの主力であるA軍集団がアルデンヌの森林地帯を通ってフランスに侵攻します。
図を見て頂ければ分かると思いますが、連合軍主力の下を抜ける形になります。いわゆる奇襲ですね。
あまりにも奇抜な作戦だった為参謀長からは却下されていましたが、軍の機密漏洩事件など、紆余曲折あって結局これが採用されました。
というか作戦の段階ではA軍集団は単にB軍集団の支援でしかなく、グデーリアン・ロンメル等の装甲部隊が命令無視して強引にこの計画を遂行したんですが。
では実際どうだったかというと、連合軍がB軍集団と交戦している間に、A軍集団はまんまと手薄な敵の背後に入り込み、寡兵を蹴散らしながらフランスを猛進。
ここでかの有名な電撃戦が行われたわけです。先頭を行くのは電撃戦の考案者グデーリアン。将軍の栄光にも登場していますね。
電撃戦の説明は後ほど。
連合軍がA軍集団に気付いて引き返そうとするも、時すでに遅し。本土との補給路を遮断されてしまいました。
さらにはイギリスとの海峡、ドーバー海峡もA軍集団が占領。
連合軍はここダンケルクで完全に孤立してしまいます。
ところが連合軍の一軍がフランスへの退路を開こうと闇雲に侵攻したところ、
たまたまロンメル師団の手薄な部分を横から奇襲する形になり、いくつかの部隊が壊滅します。
結局この反撃は失敗に終わりましたが、この反撃はナチスに衝撃を与えました。
これを大規模な反撃作戦の一部だと勘違いし、「予想外に秩序を保った連合軍」による機甲部隊への損害を恐れたとも、功績を求めたゲーリングの要求を飲んだともいわれますが、ともかく総統ヒトラーは陸軍に一時停止を命令。
ゲーリング率いる空軍によってダンケルクの連合軍を壊滅させようとします。
しかし陸軍からの攻撃を免れた連合軍は、再び体勢を整える時間を稼ぐことができました。
一方退路の確保に失敗したことで、連合軍はフランスへの撤退を諦めます。
すなわちダンケルクからのイギリスへの脱出を決意したわけです。
苛烈な爆撃・砲撃の中、軍船から果ては民間船すら含めた大量の船舶によって多くの兵がイギリスへ逃れていきます。もちろん大半の兵器はそのままに。
やっとドイツがダンケルクの防衛を突破した時、大部分の兵は既に撤退を完了できていました。これがダンケルクの奇跡と呼ばれるものです。
しかし逆に言えば、フランス本土はもぬけの殻。
マジノ線から引き抜いた歩兵など、再編した軍団で抵抗しますが、政府は間もなく首都パリを無防備都市に指定。まあパリ限定の降伏と捉えて結構です。
首都を移したものの、和平派ペタン首相が率いる新政権樹立によって、両国は独仏休戦協定を締結。
結局、大国フランスはわずか1か月余りで降伏してしまいました。
その後ペタン政権はナチスドイツの傀儡政権(これをヴィシー政権と呼びます)となり、フランスはファシズム国家へと変貌。ナチスドイツ支援し、資源的に支えていきます。
一方シャルル・ド・ゴールやアンリ・ジローはじめとする主戦派はイギリスで自由フランスという亡命政府を組織し、今後も連合軍の一員として、フランスを取り戻すべく戦争に参加していく事になります。
余談ですがこのド・ゴールは後にフランス大統領となり、強い権力とリーダーシップでフランスの再建に努めます。
その強引なやり方に批判もありますが、彼の名前の付いた空港(シャルル・ド・ゴール空港)まであるという点に鑑みても、国民からの人気はかなりのもののようです。
その後、フランス各地でレジスタンス活動が行われながらも、連合軍による再占領がなされるまでこの状態は続きます。
おおまかな経過は以上となりますが、以下は少し詳しい説明です。
・なぜマジノ線をベルギー国境まで延ばさなかったのか?
・なぜ連合軍はアルデンヌへの注意を怠ったのか?
・電撃戦とは何か?
の3点についての内容となります。
思いの外長くなってしまったので、注意して下さい。
- なぜマジノ線をベルギー国境まで延ばさなかったのか?
これにはいくつかの説があります。
まず、資金的問題を原因だとする説。
あれだけ長大な国境線をカバーするマジノ線には多大な資金や時間が必要だったでしょう。
しかもドイツからしてみれば、損害を覚悟しさえすれば要塞の突破は別に不可能ではなく、マジノ線さえあれば安心だという訳ではありません。
といった理由から、国家予算との兼ね合いで、中立のベルギー国境まで延長する事を後回しにされたとしても、さほど不思議はありません。
次に、特にベルギーとの関係悪化を恐れたとする説。
実は、ベネルクスはあまり英仏とは仲が良くありません。
特にドイツと国境を接しているオランダは、できるだけ怒らせたくないという思いもあってかなりドイツ寄り。
フランスに最も近いベルギーですら親仏と親独で割れるような状態です。
ですので英仏はしきりにベネルクスを連合国に参加するよう、最悪でもドイツの味方にならないように働きかけていました。
そんな中、ベルギー国境に要塞を建設したらどうなるか。実際はベネルクスを本気で守り切る気がないと白状するようなものではないでしょうか。
ただ、あくまでウィキペディアの記述によると、ベルギー自身からマジノ線をベルギー国境まで延長するよう要望が何度もあったとされており、そうするとこの説は怪しくなります。
しかしウィキペディア以外ではそういった資料が見つからず、信憑性に欠ける記述である事を強く心に留めて頂きたく思います。
最後に、ドイツの侵攻ルートをベネルクスに固定するためとする説。
あえてベルギー国境を開放し、ナチスにWW1のシュリーフェンプランの踏襲を強いる事ができます。
一度失敗した作戦の状況を再現させれば、当然また失敗に終わる可能性も高まります。
さらに、進軍ルートが決まっていれば、最悪でも高い確率で真正面からのぶつかり合いに持ち込めます。
そうなれば英仏とドイツは数の上では互角なので、恐らく膠着状態に陥ります。
兵器の対戦車能力では英仏の方が上ですし、ドイツはWW1の影響や急激な拡張で国内も不安定、資源もまだ心もとない状況なので、英仏が有利になっていったと思われます。
それだけではありません。先ほども言いましたが、ベネルクスは中立国であり、そこへの侵攻はタブーです。当然国際社会からの批判は強まります。
言い換えればマジノ線を迂回させ、ナチスドイツの孤立を深めることができるわけです。
(もっとも既に侵略戦争・ユダヤ人虐殺を行ったナチスにとって、これ以上批判されても蛙の面に水というやつでしょうか。)
つまりマジノ線は、直接攻められても迂回されてもそれなりの意味があり、今回の侵攻に際しても(結果的に役には立ちませんでしたが)、一定の目的は果たしたという訳です。
また、国土に比べ兵力の少ないフランスにおいて、広い国境を比較的少ない兵力で防衛できるという意味でも、マジノ線は有用であったといえます。
もちろん、それらの効果に見合う費用であったかというのは全くの別問題で、その金を装備や兵器に回すべきだった、という批判は今でもされています。
ていうかそっちの方が圧倒的に多いです。広大なネットの海(死語)をあさってもマジノ線をべた褒めしている記述など見つかりませんでした。
さて次に。
- なぜ連合軍はアルデンヌへの注意を怠ったのか?
ここで連合軍に想像力が欠如していた、と断ずるのは簡単ですが、これはどちらかというとドイツ軍の方が常識外れというべきかな、と思います。
アルデンヌは前述のとおり森林地帯です。
森林地帯は、「将軍の栄光」でもそうですが、ほとんどのユニットの移動力が極端に落ちます。大砲などはもってのほか。
さらに道が狭いために大軍が一気に通る事もできません。忘れがちですが、軍には非戦闘員が大勢随伴する必要があります。
という訳で、連合軍にとって、アルデンヌを通ってやって来る敵はそう多くないし、たとえ無理して大軍を通そうとすれば進軍の準備を整える前に対処できるはずであり、
そうしたリスクを冒してまでドイツ軍がアルデンヌを進軍してくるという可能性を心配するに及ばなかったのではないか、と考えられます。
しかしドイツ軍は、戦車を中心として、それに随伴する歩兵、大砲、果ては補給などの支援部隊に至るまで、すべてが自動車やオートバイなどに乗った独特な装甲軍団を編成します。
これなら平地はもちろん、森林という悪路でも、比較的迅速に行軍できます。
あ、ちなみに。この時のドイツ軍の主力戦車は機動力に長けた軽戦車です。
その為マチルダⅡといった有名な中戦車には歯が立たず、航空機を狙うための高射砲で撃破したという逸話が残されているほどです。
しかし、脆弱な後方部隊にはこれで十分。連合軍の中戦車も補給を絶たれ、各個撃破と相成りました。
さらに驚くべきことに、ドイツ軍は補給を重視しませんでした。
ガソリンなどは現地調達にすることで、移動しなければならない兵の数を削減したわけです。
上手く行くのかと心配になりますが、なんとフランスの各地に設置されたガソリンスタンドが大いに役立ったと言われています。便利なのも考え物ですね。
とまあ、アルデンヌからの突破はかなり常識外れであり、あまり連合軍を責めるのは気の毒かな、とも思いますが、ベルギーに集中させすぎた感はあります。
(機動力の高い機甲部隊ほか、部隊をみんな前線に送り、予備兵力をほとんど持たなかったのは「決定的なフランス側の失敗である」とまで言われています。(byWikipedia))
(機動力の高い機甲部隊ほか、部隊をみんな前線に送り、予備兵力をほとんど持たなかったのは「決定的なフランス側の失敗である」とまで言われています。(byWikipedia))
- 電撃戦とは何か?
まず、電撃戦を単に「電撃的に素早く進軍する事」と誤解しているケースをたまに見ることがあります。
まあ素早く進軍するのは合っていますが、決してそれだけではありません。
例によって絵で説明させて頂きます。
ただし非常に簡略化しているので、場合によっては間違っている部分もあるかもしれません。
もし指摘があればお願い致します。
青い点が敵の支援部隊、星付きが敵の拠点、青線と橙線が敵と自軍の前線とします。
通常ならそのまま削り合いの塹壕戦になるところです。
しかし、電撃戦では、
このように、敵の前線の一部に兵力を集中。
爆撃(後述)で敵をかく乱・分散した後に突撃し、敵前線の後ろに侵入します。
爆撃(後述)で敵をかく乱・分散した後に突撃し、敵前線の後ろに侵入します。
突入に成功したら、後ろに展開して敵を分断・包囲したり、
無防備な敵後方の補給路や情報網を遮断し、拠点、あわよくばそのまま前線の司令部を攻め落とすという作戦です。
敵からしてみればあっという間に包囲されていたり、
拠点が次々と落とされて救援が全く追いつかず、
情報網が分断されたために敵の動向や命令の情報が錯綜したりと、混乱の極みに叩き落されるわけです。
情報網が分断されたために敵の動向や命令の情報が錯綜したりと、混乱の極みに叩き落されるわけです。
ただ単に一点突破と包囲・拠点制圧を組み合わせた単純な作戦に見えますが、WW1で主流となった塹壕を一挙に突破しうる革新的な戦術でした。
もちろんこの電撃戦にも欠点はあります。
もちろんこの電撃戦にも欠点はあります。
進軍速度が相手の対処能力を超えていなければ、多くの部隊をわざわざ孤立させただけに終わってしまうという点です。
当然、敵が拠点の防衛体制を既に整えている場合、全くの無意味です。
(ですので、「将軍の栄光」では電撃戦は難しいと思います。大抵の拠点にしっかり兵が構えている上、常に味方の状況が分かっていますから。)
さらに、この電撃戦の目的はあくまで敵のかく乱・分断であり、物理的な損害を与える事ではない(というかできない)為、下手を打つと混乱から立ち直った損害の少ない敵によって猛烈な反撃を受ける可能性もあります。
という訳で、電撃戦では敵に捕まらない程の進軍速度を保ち続ける事が必要とされます。
その為に、以下のような工夫がなされました。
当然、敵が拠点の防衛体制を既に整えている場合、全くの無意味です。
(ですので、「将軍の栄光」では電撃戦は難しいと思います。大抵の拠点にしっかり兵が構えている上、常に味方の状況が分かっていますから。)
さらに、この電撃戦の目的はあくまで敵のかく乱・分断であり、物理的な損害を与える事ではない(というかできない)為、下手を打つと混乱から立ち直った損害の少ない敵によって猛烈な反撃を受ける可能性もあります。
という訳で、電撃戦では敵に捕まらない程の進軍速度を保ち続ける事が必要とされます。
その為に、以下のような工夫がなされました。
・部隊の機械化
最も重要なポイントです。先ほど少し触れましたが。
最も重要なポイントです。先ほど少し触れましたが。
WW1以来、戦車は歩兵の支援兵器というのが一般的な見方であり、連合国は主力の戦車部隊や完全な機甲部隊の編成にはほぼ無関心でした。
というのも、WW1の戦闘は塹壕戦、すなわち歩兵同士の削り合いがメインだったからです。
(シャルル・ド・ゴール等、一部の軍人は機動力の高い機甲部隊がこの塹壕戦の突破法であると考えていましたが、保守的な軍幹部はそれを容れませんでした。)
というのも、WW1の戦闘は塹壕戦、すなわち歩兵同士の削り合いがメインだったからです。
(シャルル・ド・ゴール等、一部の軍人は機動力の高い機甲部隊がこの塹壕戦の突破法であると考えていましたが、保守的な軍幹部はそれを容れませんでした。)
しかしドイツは戦車を主力として自動車やオートバイに乗った、複合兵科による装甲師団に力を入れていました。
繰り返しにはなりますが、この機械化軍団の最大の利点はその機動力にあります。
いくら戦車軍団といえども支援が無ければ戦えません。つまり随伴部隊の進軍速度に合わせる必要があるという事です。
そこで部隊全体が戦車並みのスピードを出す事により、通常ではあり得ないスピードを出す事が可能になるのです。
特に戦車の特性について、グデーリアンは「最初の突破の後に引き続いてその機動を継続することが可能」としており、
素人意見ですが、これが将軍の栄光における「戦車ユニットは敵を撃破した際引き続き行動できる」という設定に繋がっているのではないか?と思います。
・航空機の活用
お分かりの事と思いますが、大砲等の砲兵は非常に遅いです。
そこで、大砲よりはるかに速い爆撃機を長距離砲の代わりに用いることで、進軍速度を大幅に高める事ができました。
そこで、大砲よりはるかに速い爆撃機を長距離砲の代わりに用いることで、進軍速度を大幅に高める事ができました。
(まあ大砲に自動車をくっつけて機動力を高めた突撃砲だの自走砲だのも開発され、部隊に含まれてはいますが。)
・指揮権限の委譲
通常では、当然全ての部隊は司令本部による指揮を受けます。
しかし、一々司令部による命令を待っていては進軍速度を出せません。そこで、電撃戦では前線指揮官に指揮権を委ね、迅速な判断・対処を可能にしました。
(上記の爆撃要請も、前線部隊が直接行います。それにより機を逃す事のない支援を行う事が出来ました。)
その他、適切な地形の選択、目標の明確化、陸空や部隊同士の綿密な通信などなど。
その他、適切な地形の選択、目標の明確化、陸空や部隊同士の綿密な通信などなど。
電撃戦を成功させるには色々と慎重なシステム構築が必要だったようです。
しかし、実は完全な電撃戦はこのフランス侵攻だけだと言われています。
(前回のポーランド侵攻ではワルシャワ包囲戦もあるように、敵内部への突入はなされていませんでした。)
ともあれ、この電撃戦の華々しい成功を受け、機動戦、主力としての戦車の重要性を認識した各国は、機甲部隊の編成に力を入れる事になります。
ああ、疲れた。単純なようで難解な内容なのでWikipedia漁りも時間がかかりました。
もっと分かりやすく書いてくれればいいのに
しかし、実は完全な電撃戦はこのフランス侵攻だけだと言われています。
(前回のポーランド侵攻ではワルシャワ包囲戦もあるように、敵内部への突入はなされていませんでした。)
ともあれ、この電撃戦の華々しい成功を受け、機動戦、主力としての戦車の重要性を認識した各国は、機甲部隊の編成に力を入れる事になります。
ああ、疲れた。単純なようで難解な内容なのでWikipedia漁りも時間がかかりました。
2017年1月2日月曜日
明けましておめでとうございます。
どうも。
今年はあまり正月感の無い摂福です。
最近やっとアクセス数が増えてきたので、嬉しい反面やめ辛くなってきたなーと感じつつもあります。
まあほぼ将軍の栄光頼みのブログな上、その攻略も更新ペースは相変わらずですが、それでも見て頂き感謝に絶えない次第ではございます。
という訳で、今年もどうぞよろしくお願いいたします。
たまにはブログっぽく実のない記事。
今年はあまり正月感の無い摂福です。
最近やっとアクセス数が増えてきたので、嬉しい反面やめ辛くなってきたなーと感じつつもあります。
まあほぼ将軍の栄光頼みのブログな上、その攻略も更新ペースは相変わらずですが、それでも見て頂き感謝に絶えない次第ではございます。
という訳で、今年もどうぞよろしくお願いいたします。
たまにはブログっぽく実のない記事。
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