2017年11月13日月曜日

『将軍の栄光』作戦元ネタ解説(第五回・バルカン半島の戦い)

どうも。
例によって南極戦線の攻略が滞っているので、いつものごとくこのコーナーで間をつなごうと思います。
今回の元ネタ紹介は「ギリシャ・イタリア戦争」「マリータ作戦」「メルクール作戦」(西部戦線枢軸側『バルカン半島の戦い』、北アフリカ戦線枢軸側『メルクール作戦』)です。
今回だけは分割すると非常に分かりにくいため、不本意ながら北アフリカ戦線のステージ解説も行います。
 ※基本的にはWikipediaの内容が大部分です。ただコピペではあまりに芸が無いので出来る限り平易かつ自分の言葉で解説させて頂こうかと思います。


 まずあらましから。
前回はナチスドイツのフランス侵攻を取り上げましたが、同じくファシズム国家イタリアも同様に侵略を進めたいと考えていました。

 前提として、1939年にバルカン半島に位置するアルバニアを侵略・併合(厳密には保護領化)していました。
ですが、その隣に位置するギリシャはイギリス寄り。
ここから連合国側がバルカン半島で影響力を強める事を懸念し、またドイツ軍の電撃戦のような成功を収めたいと考えており、
さらにヒトラーが自国に何の相談もなく侵攻を進めていく事を面白く思わなかったムッソリーニは、ギリシャへの侵攻を計画します。
オレンジは枢軸寄り。ユーゴは枢軸寄りながら、やや中立。

 しかし、既にイタリアは北アフリカで連合国と戦争中であり、さらに別の地で戦端を開く事は困難です。
それに加えて気候や地形の問題、国力の低さなどから周囲は反対しますが、ムッソリーニはこれを押し切って侵略作戦を開始します。さすが独裁政権。

ともあれ1940年10月末、約16万名のイタリア軍とアルバニア人部隊がギリシャへ進撃を開始します。
ちなみにこの際(アフリカ戦線に回してくれという軍部の声を無視して)1000輌の戦車を派遣しています。これのせいでアフリカ戦線の劣勢が決定的になったとか。
対するギリシャ側の兵力はよく分かりませんが、まあ全体的に劣っていた事は間違いないと思われます。

 ところが、というか案の定というか、この侵攻は失敗に終わります。
まずイタリア軍は訓練や装備が不十分な兵が多く、逆にギリシャ軍は想定以上に強力でした。
加えて山の多いギリシャは伏兵や奇襲など、地の利を活かしたゲリラ作戦を実施。
ただでさえ険しい山を越えなければならないイタリア軍の進軍速度をさらに遅らせます。

頼りの戦車も険しい山道では大して活躍もできなかった・・・らしいです。
戦車に(も)詳しくないのであまり説明できませんが、デコボコ山道より見晴らしの良い平野の方が戦車にとって戦いやすいというのは想像に難くありません。
悪路ゆえに移動速度が落ち、死角も増え、さらにエンストなど故障の心配もあるでしょう。キャタピラがついているとはいえ自動車の仲間ですからね。

加えて夜はマイナスまで落ち込むギリシャの秋の寒さがイタリア軍に襲い掛かり、士気を大きく失わせました。
無論動員されたアルバニア人はさらに士気が低く、寝返る者まで出る始末。
ついにギリシャを落とすどころかアルバニアの一部をギリシャ側に占領されてしまうまでに至ります。



この状況を受け、ムッソリーニはヴィスコンティ・プラスカ司令官の罷免と増員を決定。これが11月、開戦後2週間の事です。

それでも戦況は変わりません。参謀総長の交代でギリシャの進撃は食い止められますが、反撃は成功しないまま翌年4月まで交戦は続きます。

 結局、このギリシャ・イタリア戦争はイタリア側の敗北と言ってよいでしょう。
もちろんギリシャ軍は他を手薄にし、文字通り全力を持って迎え撃ったわけですが、それでも寡兵は寡兵。
ギリシャの兵力を侮り泥沼に陥った・・・耳が痛い話です。(→「将軍の栄光」攻略番外編参照)


 ですが勝利を収めたギリシャも心中穏やかではありません。
イタリア軍と交戦しているという事は、当然ドイツ軍とも戦闘に入る可能性も高いという事です。
国力的にこれ以上の戦線拡大は不可能ですし、フランスが敵わなかったドイツ軍と戦って勝てるはずもありません。
基本的に中立を保とうとはしていますが、それも長くは続かないでしょう。

 さらにイギリスについての状況を。
イギリスは既に北アフリカでドイツ・イタリアと戦闘中ですが、アルバニアをイタリアが占領した直後、1939年の宣言によってギリシャを支援する義務がありました。
実際にイギリスはイタリア侵攻直後、クレタ島(ギリシャ本土の南)に援軍を送っており、そもそもギリシャ軍の軍備は北アフリカ戦線で鹵獲された枢軸側(イタリア軍)の武器弾薬によって賄われていました。何という皮肉。

 そしてナチスドイツ。
正直イタリアの独断と枢軸国を貶める劣勢に怒りと迷惑を覚えつつ放置していたドイツでしたが、イギリスが前述のクレタ島に援軍を送った時点で介入を決意します。

というのも、ルーマニアの大油田はドイツの生命線です。え?ヨーロッパに大油田?と思うかも知れませんが、ルーマニアも中東と同じくアルプス・ヒマラヤ造山帯に近く、当時としては産油国でした。
このままイギリスがギリシャに駐屯し続ければ、この油田が空襲の危険にさらされます。
そうなればソ連侵攻どころではありませんね。


 そんなわけで、「マリータ作戦」と名付け、ギリシャへの侵攻計画が検討されます。
当初このギリシャ侵攻はアドリア海のみならず、ジブラルタル海峡まで含めた地中海全域を支配する作戦の一部だったのですが、
スペインの協力拒否+ユーゴスラビアのクーデター
という状況の悪化により、開戦までにはギリシャ・ユーゴスラビア攻撃へと主目的が変わってしまいます。

 さて、ギリシャ・イタリア戦争の最中、ギリシャはドイツ軍が絡んでくる前にアルバニア方面の戦線を終結させたいと考えます。そこでイギリス軍にさらなる援護を求めましたが、イギリス軍も前述の通り北アフリカ戦線でし烈な戦いを繰り広げており、そんな余裕はありませんでした。
一応若干の援軍を送ると申し出はしましたが、ドイツ軍を刺激しないようギリシャ側から断られてしまいます。

この辺りに、今のうちに優位に立ちたい、ドイツと戦いたくないという二つの思惑を持つギリシャの難しい立場が表れている気がします。

ですが、「同じくドイツ相手に奮闘する小国ギリシャを見捨てて良いのか」という政治的(感傷的)思想のもと、
イギリスはギリシャへの援護に積極的になっていきます。折しもイギリスは北アフリカ戦線でイタリア軍に大勝、余裕ができた兵力を一部ギリシャに回す事ができました。

加えて中立を堅持しようとしていたメタクサス首相が死亡。
そしてドイツ軍との衝突が避けられそうにない状況から、ギリシャはイギリス軍の援軍を受け入れる事を承認しました。
さらにドイツを完全に怒らせてしまったユーゴスラビアも加わり、この三国が連携してドイツ軍に対処する事になります。とは言ってもすぐにドイツ軍の侵攻が始まり、実際にはまともな連携を取ることはできませんでしたが。

 続いて、ギリシャの作戦を紹介します。
ギリシャはブルガリアと仲が悪く、国境にメタクサス・ラインと呼ばれる山地を活かした防衛線を築いていました。
そこでギリシャ軍はその防衛線を用いる事を決定します。これはドイツ軍の大部隊が通れる道はカバーできるものでした。


ハンガリー・ブルガリアは枢軸に参加してます。

ただ、装備も量も劣るギリシャ軍がこの広範囲の防衛線を守るのは難しいと考えたイギリス軍の司令官ウィルソンは部隊を動かさず、よりコンパクトな防衛線をその南西に配置します。
ここならアルバニアの部隊とも連携が取れますが、これだとギリシャの北東部は放棄も同然。さらに結局ユーゴスラビア方面は依然がら空きと言って良い状態です。

ただでさえ少数なのに防衛線を二つに分けんでも、という疑問がわきますが、ギリシャ軍にとってギリシャ北東部を見捨てるというのは受け入れがたかったのではないでしょうか。



 さて、マリータ作戦を目前に控え、ドイツ軍はイタリア軍にある要請を出します。
それは英軍の陣地であるエジプトとギリシャ間の補給路を断絶する事でした。
バルカンの制空権はほぼドイツ軍が握っており、ギリシャへの輸送はイギリス海軍が行っていましたから、これが成功すれば枢軸の優勢は揺らぎないものとなるでしょう。

しかしイタリア海軍は「タラント空襲」と呼ばれる軍港への爆撃により、戦艦3隻を大破される大打撃を受けています。
海軍参謀長リカルディはドイツ軍の要請を拒否しますが、次第に行われるギリシャへの輸送やそれに伴う上陸作戦、そしてドイツ軍の圧力により作戦を承諾。これが「マタパン岬沖海戦」です。
ところがイギリスは雷撃機1機のみの損害に対し、イタリア海軍は重巡洋艦3、駆逐艦2隻沈没、戦艦1隻大破という大損害。
これ以降イタリア海軍はもっぱら本国付近で活動するようになり、少なくともこの段階では地中海の制海権を完全にイギリス海軍が掌握します。



 そんな中、4月6日にドイツ軍はユーゴスラビアへ進軍します。この作戦名は「懲罰作戦」。怒りのほどが伺えますね。
猛烈な爆撃によって各拠点は断絶。さらにフランス侵攻同様、空軍支援と陸軍のコンビネーションによって悪路をものともしない快進撃。

ただでさえ兵器で大きく劣っている上にろくな準備もできず、セルビア人とクロアチア人の対立を抱えたユーゴは、首都ベオグラードを10日ほどで陥落され降伏します。


ユーゴスラビアはその後、ドイツ・イタリア・ハンガリーなどによる傀儡政権・傀儡国家の樹立や併合を余儀なくされ、バラバラになってしまいます。


ただしこの際、秘密警察や民族浄化という厳しい占領政策に反発する形で、かの有名なチトー率いるユーゴスラビア人民解放軍が誕生しました。パルチザンと言った方が有名ですね(パルチザンは彼らだけではありませんが)。
彼らは連合軍の支援を受けながら枢軸国への抵抗を続け、後にユーゴスラビア連邦人民共和国の樹立を果たします。

 さらに、ユーゴ侵攻と同時にドイツ軍はギリシャへの攻撃を開始します。
メタクサス・ラインに砲撃や爆撃といった苛烈な攻撃が加えられ、ある程度持ちこたえるなど健闘はしつつも、険しい山道を通って突然背後に現れたドイツ軍によって崩壊した左翼をはじめ、各所で瓦解。
さらにユーゴ南部を通過して進撃したドイツ軍によって重要なテッサロニキ港も戦闘無く陥落。

ギリシャ軍は英軍司令官ウィルソンの防衛線まで後退しますが、こちらにもユーゴの悪路を経由し側面からドイツ軍が攻撃を加えており、またテッサロニキからのドイツ軍も食い止めなければならない窮状です。
結局、いくつかの反撃も加えながらも撤退を繰り返し、連合軍はテルモピュレーまで撤退。英軍は完全な撤退を決断します。

 その後テルモピュレーを放棄、アテネに最終防衛陣地を、それもドイツ軍に突破・・・と、この戦いは撤退しようとするイギリス軍、そしてそれを食い止めようとするドイツ軍と
いう格好の繰り返しですね。

そして数々の足止めに支えられた結果、4月30日に連合軍約6万人の退避が完了。ギリシャ国王を含めた一部の兵はカイロに、大半はクレタ島へ脱出しました。

 これ以降ギリシャは厳しい占領政策の下、かなり激しいレジスタンス活動を行っていくこととなります。

またこの戦いでのギリシャ軍の精強さや勇敢さは広く知られ、ヒトラーも孤立し降伏したギリシャ軍捕虜を即時釈放せよという命令を出しているほどです。

 ちなみにこの戦いによってソ連侵攻作戦が延期され、冬将軍が猛威を振るう冬に作戦が行われた結果失敗に終わった、という話はよく聞かれます。
しかし実際には延期は春の氾濫のせいであるとか、
イギリス内閣官房でもソ連戦への影響はなくヒトラーがイタリアに責任を擦り付けただけだ、という指摘もあるという事は記載させていただきます。




 さて、ギリシャ本土では大勝したドイツ軍ですが、クレタ島では依然として多くの連合軍が残っています。先ほども言いましたが、ルーマニアの油田群が危険にさらされている以上ナチスドイツは安心できません。


ドイツはこのクレタ島を制圧するため、史上類を見ない大規模な空挺作戦「メルクール作戦」を計画します。

つまり、上陸部隊を伴わず、エアポーンのみでクレタ島の空港と首都を占領するという通常ではあり得ない作戦です。(「将軍の栄光」ではそうでもないですけど。)
これには地中海の制海権がイタリアではなくイギリスに握られているという事情があったようです。

 で
すがこの作戦は思うように進みません。まず空輸の為に大量の燃料等を輸送する必要がありますが、何度も言うようにバルカン半島は悪路です。その結果、作戦は予定から1ヶ月も遅れた5月半ばにずれ込んでしまいました。



作戦開始後も、事前の激しい爆撃にも関わらず空挺部隊は激しい抵抗に遭い、予想外の損害を被ります。

さらにイタリア海軍と共に行った海路による侵攻もイギリス軍に撃退され、強行着陸によって何とか空港の一つを奪取することができました。

しかし、これを皮切りに形勢が逆転します。

空軍は陸上支援から海軍への攻撃に移り、イギリス海軍は次々に撃破。陸海ともにドイツ軍が支配権を握りました。

最終的にイギリス軍司令部は撤退を決定し、空爆の中多大な損害を受けながらも撤退を完了。クレタ島はドイツ軍に占領され、とうとう東欧から連合側勢力は一掃されてしまいました。


 結果だけ見ればドイツ軍の勝利ですが、あまりにも空挺部隊の損害が大きかったことから、ヒトラーはこれ以降このような大規模な空挺作戦は行いませんでした。

反対に、連合軍ではこれを教訓に空挺部隊の育成に力を入れ、かの有名なノルマンディー上陸作戦等で活躍します。
またイギリス海軍はこの戦いにより戦艦3隻、空母1隻、巡洋艦6隻などを失う損害を受けており、先のマタパン岬沖海戦で得た地中海での優位は一気に揺らぐ事となります。



 意外と長くなってしまいましたが、もう少しだけお付き合いください。
 『バルカン半島の戦い』ステージではイタリア軍として行動しており、ドイツが絡んでいないので「ギリシャ・イタリア戦争」かな?と思いきや。
アルバニア全域がユーゴスラビアに支配されています
そして時期はイタリアがギリシャへ侵攻した1940年10月ではなく、マリータ作戦が行われた1941年5月。
さらにメタクサス・ラインのあった辺りはブルガリアが占領しており、ギリシャ軍の防衛線はウィルソン卿の防衛線に移動しています。(まあこれは難易度調整等々で仕方ないと思いますが。)

随分と変わってしまっていますが、要するにドイツ軍の動きをブルガリアとルーマニアが担当するといった感じでしょうか(だとするとかなり力不足ですけど)。しかもかなりユーゴが強い。ホントに準備できてなかったのかよ。

無理矢理説明するとするならば、イタリアはギリシャ・イタリア戦争で大敗。アルバニア全域を失い、ドイツ軍はアシカ作戦と対ソ連の準備にかかり切り。仕方なくイタリア軍とブルガリア・ルーマニア軍で作戦を実行する・・・みたいな感じですかね。

ですが道の悪さとイタリア海軍の弱さはそのまんま。史実通りイギリスにコテンパンにされるあたりはたまりませんね。
でもけっこうな確率でイタリア半島に上陸を許すのはさすがにどうかと。あとアテネの堅さはどうにかならなかったのか・・・いや文句じゃないですよ。



 忘れてたので追記。
『メルクール作戦』ではそもそも空港を一つも所持していない為、ふつーの上陸侵攻作戦となっています。
またクレタ島にある空港も1つだけ。
しかも史実では圧倒的優勢なドイツ軍がなぜか劣勢。それも難易度調整でやむを得ない事でしょうけど。
イタリア海軍がある程度は参戦してくれている点(だけ)は史実通りですね。

 今回は以上となります。
この戦いは結果としてはさほど大勢に影響のあるものではなかったので資料が少なく、
誤った部分、不明瞭な部分が多々あると思います。ご容赦ください。
それでは。

2017年10月23日月曜日

『将軍の栄光』南極戦線・連合側クリア!

 お久しぶりです。「攻略もいよいよ終盤」とかほざいてから約2か月。
すっかりめんどくさく・・・もとい行き詰っており、間に合わせにバルカン半島の元ネタ解説記事を書き始めていたのですが、その時ある事に気付いたのです。

皆さんは「ヘッドクオーター」から「回復薬」や「勲章」を購入する事ができるという事をご存知でしたでしょうか。
てっきり課金専用かと思っていましたが、実はメダルと回復薬を交換する事ができるのです。レートは回復薬10個でメダル100枚以上。かなり高価です。
素直に勲章や銀行を上げるか、回復薬を買うか。迷ったものの購入に踏み切りました。

結果はタイトルの通り、連合側をクリアすることができました。詳細は攻略ページで記載するつもりですが、回復薬によって将軍重戦車をゴリ押しできるようになりました。
それでも☆5は1ステージのみですが。勝てばいいんです。勝てば。

ですが枢軸側はそれが裏目に出てしまい、山のような回復薬が一瞬で溶けました。
という訳で、次回の更新は連合側のみとなりますが、皆さん何卒よろしくお願いします。

2017年8月13日日曜日

「将軍の栄光 東部戦線」全クリ!

 お久しぶりです。
長らくかかっていた東部戦線の最終ステージですが、ようやくどちらもクリアできました。
ぶっちゃけ運による部分も多いので、本当にこれでいいの?とも思ったのですがもうどうしようもありません。
まあ参考くらいにはなるでしょう。なるかな。

 それは良いとして、残りは南極戦線だけとなりました。このシナリオは何と2ステージずつしかありませんので、この攻略もそろそろクライマックスといった感じです。
あと少しですが、どうかよろしくお願いします。

それでは。

2017年7月19日水曜日

『将軍の栄光』近況報告

 お久しぶりです。暑いですね。
攻略の更新が途絶えている事からお分かりかと思いますが、またしても進めなくなりました。
そこで、さしあたって銀行レベルを上げようと思い、現在軍団モードをひたすらプレイしています。
もしかすると再び年号付きステージの攻略的なものも載せさせて頂くかもしれませんが、まだちょっと分かりません。
そういうわけで、申し訳ありませんがもうしばらくお待ち願います。
それでは。

2017年5月20日土曜日

将軍の栄光近況報告。

どうも。
最近更新の途絶えていた「将軍の栄光」攻略ですが、現在メダルを稼いでようやく中将まで階級をあげたので、これで少しは楽になるといいな・・・って感じです。

ていうか「将軍の栄光」もかなり古いアプリだと思うんですが、未だに攻略の需要あるんですね。
その記事を書いてる身でこんなこと言うのもアレなんですけど。
・・・そろそろ配信停止とか無いですよね。ソシャゲじゃないし。



それはそれとして、結局のところまだ階級を上げただけなので、もうしばらく更新できないと思いますが、どうかご了承のほどよろしくお願いします。
では。

2017年4月23日日曜日

「『将軍の栄光』攻略」番外編・軍団モード

 どうも。意外と将軍の栄光の攻略に時間がかかっていますので、とりあえず軍団モードでメダル稼ぎにいそしんでいる摂福です。
どうせなら難易度の高いステージをやってみようと思い、ひとまず「ヨーロッパ 1939」の枢軸側にトライしてみました。
ただし、やたら時間がかかる軍団モードなので、主にスクショにより進めていきます。
そのため画像枚数がやや多くなってしまいました。昔のサイトなら「激重!」みたいな注意書きが必要なレベルです。

選んだ将軍はイタリア軍「グラツィアーニ」。よりにもよってイタリア軍。でもほぼ海軍オンリーのリカルディよりはマシでしょう。


イタリアなので期待はしていませんでしたが、やはり能力値も所有拠点も今一つ。
将軍が乗っているのは中戦車なのが幸いです。
自軍の戦力は左(イタリア半島北部)に集中していますが、一応右(バルカン半島の左付け根)にも生産拠点があり、わずかばかりの兵力が支給されています。



最序盤はこんな感じ。水色が味方、赤色が敵です。独ソ不可侵条約なんて無かった。
(※このマップは区切り区切りでお見せしていきますが、何分スクショを元に再現しているだけなので、描き洩らし・描き間違い・見づらい点等々あります。ご了承ください。)

 ルーマニア・ブルガリア・セルビアは味方ですが、弱小な上にソ連もドイツにかかりきりなのでほぼ空気、敵じゃないだけマシといった程度です。
ま、最も手近な敵であるユーゴスラビアも同レベルなので適当にユニットを生産しつつ蹴散らしていきます。



ただ、もう片方の敵であるギリシャはブルガリアが持つプロヴディフを奪取し、大砲等で防衛の構えを形成しています。

 主力である左方面はフランスの内部を目指して左上に進軍していきました。フランス軍の主力はドイツ軍に向いており、さらにドイツ軍の南部と挟撃する形になるため、意外とスイスイ進めていけます。
同じイタリア軍であるリカルディはマルセイユからやってくるフランス海軍を撃退します。

一方メッセは左に進んでいきます。

ドイツ軍は史実通り?フランス侵攻をベネルクス方面・マジノ方面から進めています・・・が。ロンメル一人にベネルクス侵攻を任せているため兵力が足りておらず、突破するどころか早々に撤 退


それ以外も防戦一方のドイツ軍。よくこんな状態でフランス侵攻なんて考えたものです。


ポーランド侵攻もソ連の支援もあってか全く進んでいません。
まさに四面楚歌。正確には西部と東部の二面楚歌ですかね。今上手いこと言った。


 やや時間が経ち、ルントシュテットも撤退。ドイツ国内へ連合軍がなだれ込み始めます。

メッセとスペインの協力で、フランス南部がじわじわと枢軸側の支配下に。地中海も制圧できました。
東部ではソ連とポーランドが本格的な侵攻を始めます。

 自軍は順調にフランス中部へと侵攻していき、工場で中戦車を生産しバトゥーチンを乗せます。やや厳しい場面もありますが、補給をしっかりすればさほど特筆すべき点はありません。


問題は東部。ギリシャが守るプロブディフが意外と堅固で、歩兵や大砲では歯が立ちません。軽戦車を生産するも、敵将軍大砲にあっけなくやられてしまいました。ここで時間を食ったのが悔やまれます。



 さらに時間経過。20ターン程度でしょうか。
ドイツ北西部は連合軍の逆襲を受けてどんどん後退していき、連合軍はベルリンに肉薄しつつあります。


ですが、フランス南部はメッセが撤退したもののイタリア優勢。


さらに連合軍主力がドイツに侵攻していったためフランスの守りが手薄になり、驚くほど簡単に進める事ができました。
軍の動きもシチュエーションも全然違いますが、この辺りは史実のフランス侵攻っぽくてちょっと嬉しいです。

東部では、ソ連・ポーランド連合軍の前にゲーリングが敗北。こちらもまたベルリンに近づいています。


ドイツ軍、完全に挟撃を受けていますね。情けなや。


 自軍は泥沼に陥ったプロブディフを諦め、一旦その周辺からあえてアテネに侵攻することを決定。
そうして複数方向からプロブディフに圧力をかける作戦を取ります。

こちらも中々厳しい戦いですが、完全膠着よりは気が楽です。



 30ターンくらいだったと思います。
かなり手薄になったフランス侵攻は快調。パリですらあっという間に落とせてしまいました。侵攻ルートを断絶したため、連合軍の瓦解も時間の問題でしょう。


が。
パリを抜けて海峡へとたどり着いた時、目に入ったのは海を埋め尽くさんばかりの敵艦隊でした。


もうゲンナリといった感じ。ほとんどが最弱の巡洋艦とはいえ、海軍ユニットはけっこうな耐久力を誇ります。これらを倒し海峡を渡り、イギリス本土を陥落するのにどれだけかかるか。危うく投げたくなりました。
取りあえず歩兵を量産して海岸線に要塞砲を建設しまくり、大砲などでじわじわ削っていく作戦に。
一方主力は東進した連合軍を追いかけていきます。


アムステルダムは狭いので展開しづらく、おまけに周囲を敵海軍に取り囲まれており、尋常ではない堅さに仕上がっています。が、将軍×2でゴリゴリ進んでいきます。

それから対ギリシャ。
西部で余裕ができたためか、それともプロブディフを周囲からじわじわ削ったのが功を奏したのか、
アテネ、それに次いでプロブディフ制圧完了。


しかしほっとしたのも束の間。いつの間にやらポーランド軍がイタリアのすぐ東にまで迫っていたのです。

まあ正面衝突だったら恐れるほどの敵ではありませんが、ユニットを追加生産して東進を開始します。

そうそう、イタリア西部のフランス勢力をほぼ一掃できたのもこの頃です。



 50ターン前後。


こっからはもう特筆すべき点はないのでガンガン行きます。
盛り返したドイツの支援もあって、西部戦線はほぼ完勝。地道な戦闘の末、海も大分見やすくなりました。金に飽かせて空母を量産し、陸軍をイギリスに送り込みます。

陸軍の主力はそのままソ連に向かって進軍。

東部戦線も、ポーランド軍にやや苦戦しつつも次第に兵力差が生まれ、順調にソ連へと侵攻できました。

どちらも歩兵をアホみたいに量産していますね。軍団モード名物。
防衛側のポーランドはともかく、ドイツにはせめて装甲車くらいは生産してもらいたいものです。

イギリス敗北。

最終目標、ミンスク攻略戦。




 そしてとうとう勝利。
バトゥーチン使ってターン68・・・まあこんなもんではないでしょうか。それにイタリア軍ですし。(実はこの言い訳を使う為にイタリア軍を選択した)
まあ、将軍なしとかでクリアできる気はしないです。

でもイタリア軍、戦力は別としても立地は悪くないんじゃないでしょうか。
確かにイギリスやミンスクへは遠いですが、敵の主力とはぶつからずに済みますので漁夫の利を得やすいです。それはそれでなんかイタリアっぽい気も。

 やはり年号付きのステージは終盤がユニットだらけで非常に面倒くさいですね。極端に難しい場面はありませんでしたが、強いて挙げるならアムステルダムとギリシャ、それからフランスの序盤がしんどかったです。

 今回はスクショで楽をするはずが、かえって疲れてしまいました。
長かったせいもあるとは思いますが、とにかくもうこんな試みは御免です。

それではこの辺で。番外編なので続編は期待しないで下さい・・・

2017年4月8日土曜日

『将軍の栄光』作戦元ネタ解説(第四回・アシカ作戦)

 このコーナーも4回目。今回は枢軸シナリオ「アシカ作戦」、連合シナリオ「グレートブリテンの戦い」の元ネタ解説です。
 ※基本的にはWikipediaの内容が大部分です。ただコピペではあまりに芸が無いので出来る限り平易かつ自分の言葉で解説させて頂こうかと思います。

「アシカ作戦」とはナチスドイツによるイギリス侵攻作戦の名前です。
この名前に聞き覚えがなくとも、こう言えばご存知の方も多いのではないでしょうか。
ゼーレーヴェ作戦」。某アニメで有名ですね。私は戦争が好きだの奴です。


 ベネルクス三国およびフランス侵攻を短期かつ軽微な損害で成し遂げ、まさに飛ぶ鳥を落とす勢いのナチスドイツでしたが、一方で不安も抱えていました。
先のフランス侵攻におけるナチス唯一の汚点「ダンケルクの奇跡」で脱出した数十万の連合国の兵士たちが居ましたね。その脱出先であるイギリスです。
イギリスは今や亡命した各国政府の拠り所、連合国の本拠地にして西欧最後の砦となっています。
逆に言えば、このイギリスを倒せば西欧に残るは中立のスペインとポルトガルくらいなもの。つまり敵なしという事です。

 当初は講和を期待していたヒトラーですが、バリバリの主戦派チャーチルによって講和が否決され、このアシカ作戦を計画しました。
当初の計画は最も近いイギリスの南東部に上陸、空挺部隊でそれを支援し北進、ロンドンを包囲するというものです。


 さて、連合国の本拠地とはいえダンケルクから撤退できたのは人員ばかりであり、殆どの兵器はそのままダンケルクに取り残されてしまいました。
そのためイギリス本土の陸軍はかなり弱体化しており、ドイツ軍の上陸に備えてホーム・ガードと呼ばれる民兵を組織しているほどでした。

 しかし一方でイギリス海軍は世界最強クラス。侵略するためにドーバー海峡を渡ろうとすれば間違いなく妨害を受けるでしょう。
陸軍を運搬する船は無防備であり、軍船に狙われたらひとたまりもありませんので当然護衛する船が必要です。

あ、ちなみに。「将軍の栄光」では水上運搬中の陸軍ユニットが軍艦に向かって攻撃を仕掛ける場面も珍しくありませんが、当時艦船の砲は最低でも口径10㎝を超えるのに対し、戦車はナチスドイツが誇る後期の重戦車(タイガー戦車)ですら口径8.8cm。
砲身の長さも桁違いなので射程も威力もダンチですし、個人的には相手にならないと思います。

対するドイツ海軍はというと、元々大して強くない上にノルウェー侵攻作戦「ヴェーザー演習作戦」でかなりの損害を受けており、加えてドーバー海峡は浅すぎて頼みのUボートも活躍しづらい環境です。はっきり言って勝ち目はありません。

 海軍をやっつけるのは難しいならフランスの時のような奇襲ができないの?とも思いますが、ここでも補給の問題があります。
一旦は不意を衝いて本土上陸を成し遂げたとしても、後続の支援部隊が押し寄せたイギリス海軍に破壊されるのは目に見えています。
フランス侵攻の際は現地調達で賄いましたが、さすがにロンドン包囲しておいて現地調達のみというのは不可能でしょう。

 という訳で、アシカ作戦の前提には、
上陸の障害となるイギリス海軍と沿岸地域の敵を退け
かつ入ってこられないように海峡を封鎖する必要があり、
しかし海軍だけではそれを実現することはできず、
ゆえに航空機による応援が不可欠であり、
よって制空権の確保をする事がこの作戦の発動条件となりました。(赤字がヒトラーによって挙げられたアシカ作戦発動の前提です。)

 それらを満たすべく、空軍大佐ゲーリング指揮による制空権確保のための戦い、通称「バトル・オブ・ブリテン」が勃発しました。
バトル・オブ・ブリテンも興味深い戦いなのですが、生憎「将軍の栄光」では制空権などあってないようなものなので省略します。

かいつまむと、ドイツ優勢・イギリス粘る→ロンドンへの爆撃に方針転換→その隙に施設を修復してイギリス空軍復活、さらにドイツ戦闘機の航続距離の短さが露呈。→制空権確保失敗。
です。
航空支援なしに海軍が勝てるはずもなく、特に戦うことなく制海権も断念。
おまけにソ連侵攻作戦「バルバロッサ作戦」が始動し、とてもイギリス侵攻どころでは無くなり、総統ヒトラーによってこの作戦の中止が決定されました。


 とまあ実現しなかった作戦なので、今回は「もしアシカ作戦が実行されていたら」という「IF」シナリオです。

 ですが、実は後の机上訓練でこの作戦は検討されています。
「制空権は確保できていないが、機雷でドーバー海峡は封鎖されている」という状態、すなわち前提条件を満たせていなかったのに決行した場合ですね。
元ナチスの将校も参加したこのシミュレーションですが、やはり上陸は上手く行ったものの機雷原を突破したイギリス海軍により補給が断絶し、ナチス軍は撤退しています。

 このゲームでは補給も制空権も関係ないので完全な再現は無理ですし、そもそもイギリス沿岸の敵が全然排除できてないとか、潜水艦がガンガン活躍できるとか・・・
けっこう史実と離れているステージではありますね。


 そして「グレートブリテンの戦い」は、このアシカ作戦が上手く行った後のステージでしょう。ロンドンがドイツの手に落ちています。それでも降伏しないイギリス。

北海にイギリス海軍がいる所を見ると救援に向かえなかったようですね。もしくは完全に制海権を取り戻しており、支援に向かっているという可能性も。
またプレイヤー含め、イギリス軍主力は北部に構えています。
前述のシミュレーションではイギリスは遅滞戦術を取り、ホーム・ガードが時間を稼いでいる間に正規軍を再編成、防衛ラインを築くという展開になっていたので、恐らくは再編成した部隊でしょう。

シナリオでも時間稼ぎ→主力が前線に復帰→反撃という流れなので、こちらはほぼ再現されているといえます。本当ならロンドンは落とされませんし、何より反撃のカギは何度も言った通り補給の断絶なのですがまあ良いでしょう。

 こんなところでしょうか。この作戦は枢軸ファンの方なら一度は成功を妄想するのではないかと思いますので、検証するサイト様も比較的多く存在します。僕の拙い説明で満足できない方は是非そちらにおいで下さいませ。
では。