2018年7月8日日曜日

『将軍の栄光』作戦元ネタ解説(第七回・ハスキー作戦)

 お久しぶりです。なんか毎回言ってますねこれ。
今回の元ネタ解説は「ハスキー作戦」(西部戦線・連合側『ハスキー作戦』)です。
 ※基本的にはWikipediaの内容が大部分です。ただコピペではあまりに芸が無いので出来る限り平易かつ自分の言葉で解説させて頂こうかと思います。



 まず、作戦の前提から。

1943年5月、北アフリカでの戦闘、アフリカ戦線が連合側の勝利に終わりました。

そこで、次は枢軸に支配されているヨーロッパ本土を奪還すべく、また東部戦線のソ連をさらに援護するために、急いでヨーロッパへの上陸作戦を計画します。

そこでまず実行されたのが、イタリア半島の先端からすぐ南西にあるシチリア島への上陸作戦、「ハスキー作戦」です。
島といっても半島から約3キロしか離れてませんから、もはや本土といっても過言ではありません。
もちろん本土上陸作戦にも有用ですし、ここを抑えれば(東)地中海はほぼ完全に連合側の手に落ちると言っても過言ではありません。




その前段階として、連合はシチリア島のさらに南西にあるパンテッレリーア島を攻撃します。
爆撃と砲撃を雨あられと受け、島の施設は損壊。
戦闘らしい戦闘もなく降伏し、これでアフリカからシチリア島までの地域は連合の支配下に落ちました。

 その一ヶ月後、1943年7月にハスキー作戦が実行されます。

対するシチリア島は連合に制空権・制海権を握られている上、装備の充実したドイツ軍は少数しか参加していませんでした。
実はこの理由の1つとして、少し面白いエピソードがあります。
イギリス軍の流した偽情報により、ドイツはシチリア島が攻撃目標ではないと思い込み、
シチリアに割くべき部隊をギリシャやサルディニア島に当てていたのです。
ここでは割愛しますが、気になる方は「ミンスミート作戦」で検索すると色々と出てきますのでよろしければ。

また、ムッソリーニに弾圧を受けていたシチリアンマフィアが連合側と内通するなど、枢軸側にかなり不利な情勢だったようです。

そんな中でも枢軸側は善戦し、幾度か連合軍の上陸を退けます。が、やがて西部の防衛線が崩壊し、島西部は連合軍に制圧されます。

赤:アメリカ軍 オレンジ;イギリス軍 青:枢軸軍

枢軸軍は後退しながらも防衛線を再構築しますが、連合軍がイタリア本土とシチリア島をつなぐメッシーナ海峡を占領しようとしていたため、ドイツ軍はシチリア島放棄を決定。これが1943年8月のことです。


 予想外の苦戦を強いられた連合側でしたが、この戦いの影響はやはり大きかったようです。
もともとファシスト党内ではアフリカ戦線で劣勢が明らかになりつつある枢軸を脱退し、連合側との単独和平に動くべきだという意見が出ていたのですが、このハスキー作戦が決定的だったようです。

シチリア島での敗北が明確になったにも関わらず単独講和を否定するムッソリーニに対し、ついに解任決議が可決。
追って国王エマヌエーレ3世が勅令を下し、ムッソリーニは正式に解任され、身柄を拘束されました。
が、新政権による水面下での和平交渉は難航し、連合側によるイタリア本土上陸作戦が実行に移された1943年9月、やっと無条件降伏を受諾。

ところが今度は降伏を察知していたドイツ軍により北部イタリアが占領され、救出されたムッソリーニの傀儡政権「イタリア社会共和国(通称サロ共和国)」が樹立されました。
これ以降は南北の連合軍とドイツ軍にそれぞれイタリア兵が参加する、という格好になってしまいます。

ちなみにイタリア半島の侵攻作戦は上手く行かず、ナチスドイツが降伏する1945年まで延々と続くことになります(イタリア戦線の終結が1945年5月4日、ドイツの降伏が5月8日)。



 さて、「将軍の栄光」との関連について。
この作戦では、島の西部はアメリカ軍(司令官パットン)、東部はイギリス軍(司令官モントゴメリー)が担当しました。
東部は北上するとメッシーナ海峡に到達するので、島の位置関係から見るにイギリス軍の方が重要かな?と思ったら、やはりWikipediaでも「北アフリカでの戦闘結果より錬度に不安があるアメリカ軍を助攻とし、イギリス軍を主力とするとした。」
とありました。

青色は枢軸側。東岸ががら空きに見えますが、そうでもありません。多分。

「将軍の栄光」でもアメリカ軍とイギリス軍が参加していましたが、その際に登場した将軍もパットンとモントゴメリーでしたね。他にも色々いましたが。
パットンが「イギリス軍に遅れを取るな!」などと言ってたのも、主力を担えなかったことに発奮していたのでしょう。
(口だけではなく、パットン将軍は史実でシチリア島の州都パレルモを占領し、シチリア島陥落の功労者となっています。そのせいで面目を潰されたモントゴメリー将軍の恨みを買ったとか買ってないとか。)

 ただし、進軍ルートは全く違います。
史実では南端から上陸していますが、ゲーム内ではシチリア島の西端から上陸するようになっています。
一応史実通りにできない事もないと思いますが、イタリア海軍が邪魔なので・・・
ていうかイタリア海軍が出張ってる時点で史実とは違うんですけどね。

ただ、ステージ途中でイタリア軍の士気が下がるというイベントに着目してみてると、おそらく上陸地点が違うのはシチリア西部を占領した辺りでこのイベントを発生させるためだったのでしょう。
事実、ムッソリーニの解任が行われたのはシチリア西部が陥落した直後のことでしたから。

 また、目標都市がイタリア半島にも設定されているのは、ハスキー作戦後のイタリア半島上陸作戦が行われたことを示すためでしょう。
まあイタリア半島を守っているのが実際には参加していないロンメル将軍で、さらにシチリア島にはイタリア軍しかいないという差異はありますが。
(難易度の観点から登場する将軍が史実と違うのは、このゲームではよくある事です)。

 それから、アイゼンハウアーが「対空砲のせいで爆撃が効かない!」みたいなことを言っていたのも、連合軍が制空権と制海権を握っていながらも苦戦したことを表現していたんですね。
最初に「イギリスと行う最初の共同作戦だ(うろ覚え)」と言っていたのもその通りで、それ以前にも協力して戦うことはありますが、今回のように一方の指揮下に置かれていないのはこのハスキー作戦が初だと思います。
間違ってたら教えてください。


というような点を踏まえると、このステージは再現度高めと言って差し支えないのではないでしょうか。


 それから、以前「アシカ作戦」の元ネタ解説において、「軍艦と戦車では相手にならない」と書きましたが、このハスキー作戦において駆逐艦とティーガー戦車との撃ち合いがあったという記述があります。
結局戦車側が大破したそうですが、駆逐艦にも装甲に穴が開いたとあります。
という訳で、一応全く通用しない訳ではなさそうですね。
参考までに書き残しておきます。

それでは。